05 彼女に関する所見 −温かな季節の片隅で−

忍術学園からほど近い町に、新しい団子屋ができた。
その店の三色団子が非常に美味しい、という情報をしんべヱから入手した学園長とヘムヘムは、小松田くんに行き先を伝え、早速噂の団子屋に向かった。注文した三色団子は、ほど良い甘さともちもちとした触感が癖になる味だった。「これは当たりのようじゃ!」と一人と一匹は、ぱくぱくと運ばれた団子四皿をものの五分で完食する。追加で頼んだみたらし団子と桜餅、それに草饅頭も非常に美味だった。さらに、開店記念として販売されていた葛きりも美味しく、気が付けば並んでいた品書きの端から端まで注文してしまっていた。

その結果、例によって例のごとく、帰り道の途中でヘムヘムは急激な腹痛に襲われることになるのだった。

動くこともままならないヘムヘムに、とにかく医者に薬をもらってくると言って、学園長はヘムヘムを帰り道の途中にあった寺の近くに休ませ、急いで町に戻っていった。残されたヘムヘムは、しばらく塀にもたれかかったまま学園長の帰りを待った。その最中、ふと、塀の向こう側で人の気配がしたような気がして、ヘムヘムは重い足取りをなんとか動かして、門の隙間から寺の敷地内へと足を踏み入れる。しかし、途端に腹痛が一気に増し、ばたりとその場で倒れてしまった。

食べ過ぎによる腹痛とはいえ、鳩尾の辺りから下っ腹にかけて走る激痛に耐えきれず、草の中で蹲る。ズキン、ズキンと続く痛みは治まるどころか、時間とともに酷くなっているようだった。ヘムヘムは身体をくの字に曲げ、必死に痛みと闘う。だんだんと、痛みの所為で意識が遠くなっていくような気がしたとき、「それ」は聞こえた。

「だ、大丈夫?」

声は、とにかく優しく耳に響いた。そして、そのすぐ後に身体全体を包むように訪れた柔らかな温度。誰かが、自分を抱き上げる感触に、ヘムヘムは必死に瞳を開けて、その人物の姿を見上げた。
声の持ち主は、まだ幼さを残す少女だった。恐らく、学園の三年生か四年生と同じくらいだろうか。着物とは異なる不可思議な衣装と、触れたことのないような布地の柔らかい手触りに、ヘムヘムの口から疑問の声が零れる。漏れ出た声に何を思ったのか、ヘムヘムを抱きしめる少女の手に、先ほどよりも力が籠もる。見上げた視線の先で、少女は口元を綻ばせ、目じりを緩めて、少しだけ哀しげに、微笑っていた。

それから少女はヘムヘムの身体をそっと境内に寝かせると、少女の持ち物らしい袋から小さな入れ物を取り出した。身体を温めてくれている布のお陰か、先ほどの激痛が少しだけ治まったタイミングを使って、ヘムヘムは少女の方を窺う。
突然、寺の敷地内に現れた気配に、ヘムヘムは初めどこかの忍者が居るものだと考えた。しかし、倒れていた自分のためにと行動する少女の姿からは、どうにも忍者らしい気配がない。それどころか、袋から取り出した小さな白い丸薬のようなものを見る真剣な表情からは、ただただヘムヘムのことを案じる感情だけが伝わってくる。
しかし、取り出した丸薬が毒薬ということもある。そう思っていたら、突然少女は自分で取り出した丸薬を自らの歯で挟み、思い切り噛み砕いた。そして、少女の口の中に入った分を自分で飲み込むと、残った分をヘムヘムの口元に運ぶ。

「これ、薬だから、飲んで。大丈夫、苦くないよ。お腹の痛いのに効くから」

疑いが、なかったわけではなかった。もしかしたら、目の前に差し出されている薬は毒薬で、少女は先に解毒薬を飲んでいるだけなのかもしれない。
けれど、差し出された手から伝い、少女の表情をもう一度見て、ヘムヘムはぱくりと薬の欠片に食いついた。
薬を凝視していた少女は真剣そのもので、悩んだ結果、薬の半分を自分で飲み込むまでの行動に演技のような無駄のなさは欠片もない。薬を飲んだヘムヘムを見て、もう一度柔らかな布をかけ直してくれたことも、そっと額の汗を拭ってくれることも、ヘムヘムに危害を加えようとしているのだとすれば、まったく必要ない行動だ。
そして、どんな行動よりも、少女の瞳が、ヘムヘムに告げていた。

優しげな光と柔らかな温もりと、それからその奥底に隠された寂しさ。

眠りに落ちるまでの時間でヘムヘムが見つけたそれは、これまでに出逢ったどんな人の瞳よりも、綺麗にヘムヘムには映った。


* * *


「それでは、ここは…どこなのでしょうか」

恐る恐る、といった表現がぴったりなほど、震える声で尋ねた少女は、学園長の回答に一瞬目を見開き、それから視線を地面に落とす。瞳に宿る光はとても淋しげで、涙が零れていないことが嘘のようだ。それなのに、彼女は必死に口元で笑みを形作り、ヘムヘムの方を見た。

「ヘムヘムくんは、もう大丈夫そうだね」
「へ、ヘムヘム!」
「よかった。あ、でも私が持ってた薬、ただの胃腸薬だから、ちゃんとお家に帰ったら、ヘムヘムくん用のお薬もちゃんと飲んでね」
「いやいや、それには及ばんよ。ヘムヘムはただの食べ過ぎで苦しんでおっただけじゃからのう。しかし、町の医者がどこも休みでどうしようかと思っておったのじゃ」

学園長の言葉が嘘か誠かまではヘムヘムにはわからなかったが、再び感謝の意を告げる学園長に、少女はどこか困ったように苦笑した。

「ところで、おぬしの名は?」
「あ…と言います」
「そうか。わしは大川平次渦正。それから忍犬の」
「ヘムヘム!」
「……じゃ」

平次とヘムヘムの息のあった掛け合いに、からくすりと笑い声が零れた。ようやく聞こえた彼女の素直な声音に、ヘムヘムは自分まで嬉しくなるような気がして、その勢いのままの膝に飛び乗る。一瞬、驚いたように体を震わせただったが、元気そうなその様子に、眦を緩めてヘムヘムの頭を撫でる。
その様子を見ていた平次は、ちらとの持ち物に目をやり、にやりと口端を上げた。

「ときに。ヘムヘムを助けてくれたおぬしに礼がしたい。良ければこれから、わしの学園に来てくれんかのう」
「…………え?」


( 哀しみが宿るその瞳に、優しさを返すことができるのならば )


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