カ チリ

かなり古びた置時計が鈍い動きで真夜中十二時を告げ、壊れた仕掛けが動き出した。
話によるとこの時計、学校が創立したときからある年代ものらしくて、昔は十二時になるとかけられたマホウが発動して、半径五メートルの範囲にランダムで幻を見せていたらしい。さすがに何十年もたってしまった今となっては、そんなややこしい機能は壊れてしまっていてカタカタ歯車がきしむ音がちょこっとするだけでなんにも起こらない。
もともとはただ音楽が鳴るだけの仕掛けだったらしいけど…この部屋を使っていた生徒が卒業前に改造したとか何とか。西園寺先生からこの話を聞いたとき、なんて物好きな人だろうと、実はちょっと呆れてしまった。

普段なら、特に気にすることもなく「うげー日付変わっちゃった」くらいにしか思わないくせに。今日は何故か気になってしまって、思わず時計に手がのびた。
思いの外に軽い、アンティーク調の木目が似合う高そうな時計だった。私の手の上で、ちくたくちくたく、とどまることなく針を進める。

「…………」

こんな音しか響かない、みんなから離れた部屋の中。
鳴神寮、唯一の女子だから仕方がないことだっていうのはよくわかってるつもりなんだけど。それでもちょっとだけ、さびしかった。
ここの寮はどこも同じ形をしていて、左右対称のA棟とB棟からできてる。どちらの棟も寮の玄関を兼ねている応接室から繋がっていて、部屋の両端にある大きな扉を開けるとそれぞれの棟の廊下に入れるようになっていた。
こういう形って、男女の部屋を離すのに便利だから学校にはもってこいなんだろうけど…おかげでみんなが部屋に戻ってしまうと、こっち側はなんの音もしなくなってしまうのだ。
普段なら、気にも止めないでさらっと流してしまうことなのに。今日に限って、それが妙に気になった。なんでだろう。理由は、窓の外で力いっぱい光ってるまぁるい黄色を見て、すぐに解った。

今日は、四月の満月の日だ。




「ううう…やっぱり、上着着てくれば良かった」

ぴゅー、と体の横を吹き抜ける風がむき出しの腕に厳しい。もう四月だから暖かいかな、なんて思ったのは甘い考えだったのか。さすがに夜は、まだまだ冷えるらしい。

「確か、白帝…だったよね」

手のひらを温めるために、はーと息を吹きかけながら幼馴染の顔を思い出す。
なんだか、最近怒らせてばっかりだから浮かんでくる顔がみんな怒ってるんだけど…うーん、これまではこんなことなかったんだけどなあ。いっつも光宏、光宏って私が追いかけまわしてて、私たちが突拍子のないことすると絶対あいつがフォロー入れてくたりして。

「ほんと、光宏に助けられてたんだなぁ」

思い返せば思い返すほど、それははっきりした形になって私の中に積み重なっていった。
最初は、部屋で待っていればいいかな、なんて受身なことを考えてた。でも、それじゃダメかもしれない、って思ったから。光宏と喧嘩した発端はあいつにあったかもしれないけど(とりあえず、そこだけは譲らない)そんなことで無くなるような、関係じゃイヤだから。というか、もっともっと凄かったはずだもん。私と光宏の友情は。
なおそうと、考えてた光宏を一度突っぱねてしまったのは私だ。近寄って、謝ろうとしてたあいつを許してたくせに言えなかったのは、心の狭い私の方だ。だから、ここは私が行かなきゃいけないんだって、そう思った。
だからこうして、光宏のいる白帝寮を目指してるわけ、なんだけど…


「白帝寮って………何処にあるんだっけ」


、本気で迷ってます。

だ、だって、白帝寮も佐保姫寮も昼間でさえ行ったことないし!学校も広くてまだ全部把握できてないって言うのに、他の寮の場所なんて覚えられるわけないし!

「やばい…っていうか、今いる場所さえ見失ってきた」

さすが人里離れた、というべきか。真夜中の敷地内を照らす明かりは空からの天然ライト以外になにもなくて。昼間になれば学校が見えるんだろうけど、さすがにこの暗さじゃ距離の離れたところまでは確認ができないし。…明るくなるまで外で、っていうのはまずいよね。

「あーどうしよう…せっかく一大決心して出てきたって言うのに、こんな障害が待ってるなんて…………ん?」

腕をさすりながら、なおも真っ直ぐ(のつもり)進んでいたら、先の方でちらっと明かりが見えた気がした。なんだろう、こんな時間に。先生が見回りでもしてるのかな?見つかったらまずいから隠れておいたほうがいいのかな、とも思ったけど、見つけてもらえば寮まで連れてってもらえるかもしれないし…
などと悩んでいるうちに、ふと気がついた。

「あれ…?どこいっちゃったんだろう。たしかこっちのほうだと思ったんだけどなー」

さっき光ったと思われる場所まで大分近づいたと思ったのに、そこには明かりどころか人影すらみえない。もしかして、私の見間違いだったのかな。


「うーん…」
「おい」
「うひゃぁっ!!!?」
「!!」


びびびびびびびびびびっくりしたーっ!
ばくばくばくばく存在ばっかり主張し続けてる心臓が落ち着くように、とりあえず深呼吸を二、三回。どうやら私に声をかけてきた本人も、私の声にかなり驚いているもよう。ていうか私、こんな大声あげたらまずいんじゃない?誰か起きてこないといいけど。

「おっ前、そんなでかい声あげるなよなっ!」

こっちが驚くだろ!
そんなありきたりな台詞を吐いたのは、どこかで見た覚えのある黒髪の男の子だった。緑色のネクタイをしてるってことは、佐保姫寮の人なんだな。とりあえず、先生じゃなかったことを喜ぶべき…なんだよね。生徒ならこんな時間に歩いてるの、同罪だし!

「俺が消音の魔法周囲に張ってなきゃ、絶対人が飛び起きてるぜ。ほんとお前って人騒がせな奴だな」
「…はあ」
「それより、お前なんでこんなところにいるんだよ。もう消灯時間は過ぎてるだろ?しかも鳴神から結構はなれたところに」
「あのー」
「ん?」
「お兄さん、なんで私が鳴神だって…」
「…」
「……」
「………ちょ、ちょっとまて」

そう言って、目の前のお兄さん(たぶん先輩)は頭を抱えてしゃがみこんでしまいました。とりあえず私もしゃがんでおく?目線もあうし、休憩にもなるし。
よっと軽く掛け声をつけて、私は原っぱの上にぺたんと腰を落とす。雨上がりってわけでもないからお尻が濡れる心配もないし、おかげでお兄さんとも目の高さをあわせることに成功した。お兄さんはと言えば、座りこんだ私の方を一度ちらっとみてから、何故か呆れたように大きな大きなため息をつく。うーん…私、また何か変なこと言ったかな。でも、今は私リボンしてないから、色で判別とか出来ないはずなんだけどなぁ。

「あの、ちょっと」
「山口圭介」
「え?」
「思い出さないか?入学式の日に、逢ってるんだけど」

そこまで言われて、もう一度目の前の彼のことをじっと見る。
黒い髪、私よりもだいぶ高い身長、それからちょっと鋭い黒い瞳。…あれ?なんか、こんなこと前にも一回考えた気がする。入学式の日って、どんなことあったっけ?なんかあれからいろいろ光宏とのこともあったし、若菜とのこともあったし、友達覚えたりもしたし。色々頭に入ることが多すぎて、上手く思い出せないや。確か光宏と再会したのも入学式のときだったよね。あれ、そういえばあの時って…

「あ」
「やっとかよ」
「もしかして、あのときの受身の人…?」
「正解」

うわーうわー!思い出した思い出したよ!そうだ、あの時なんとかって図体おっきいひと(名前忘れた)と喧嘩しかかったてたところに私が突っ込んで投げた人だ!そうそう、確か西園寺先生が山口君ってよんでたっけか。うわー逢わないようにしないとな、とか考えてたのもすっかり忘れてた!

「あのときはーそのーいろいろすみませんでした」
「別に、おまえが謝ることじゃないだろ」
「でも…痛かった、ですよね?」

だめだ、やっぱりなんか調子狂う。第一印象って言うよりも、出会った場面があまりに悪かったせいか…なんだか変に緊張するって言うか。とにかくいつもみたいな感じが出ないのだ。
目の前の山口圭介はと言えば、特に私に対して怒っているような雰囲気もなくて、むしろ私がぜんぜん覚えてなかったことに未だに呆れてものも言えない、って様子で項垂れている。そんなにいけなかったのかな…いや、やっぱり私も忘れるような印象薄い状況ではなかったかなーとは思うんだけど。ほら、やっぱいろいろあったし、ね。

「そりゃ、かなり痛かったけど。あの時俺もかなり頭に血が昇ってたしさ」
「その言葉、あの時のもう一方に言ってやりたいです」
「鳴海は素であんな感じだからなー俺も最初っからそれ知ってたら喧嘩売らなかったし」
「そう言えば…あの時、どうしてあんな言いあいになってたの?」

彼と話してるうちにだんだんと思い出してきたけど、確かあの時私は鳴海(っていうらしい)さんの大きな声でふたりに気づいたんだよね。そのあと山口圭介もなんか言い出して…いまいち台詞とかはよく覚えてないけど。

「まぁ、なんだ。価値観の相違、ってやつかな」
「…すごい適当に濁してるよね、それ」
「そんなことより!お前、なんでこんな時間にうろついてるんだよ」
「それはそっちも同じでしょ」

やっぱり話をそらされたような気が思いっきりしたりもしたけれど、問われた疑問はぐうの音でないくらいにもっともだったから、それ以上追求することもできなかった?ていうか、さっき消音の魔法かけてるとか言ってなかった?この人かなりの確信犯なんじゃないの?

「俺は…さがしもの、かな」
「探しものって、なにか落としたの?」
「おまえなあ…俺、こう見えても先輩なんだぜ?もうちょっと敬語つかうとかないのかよ」

ああ、そういえば。言われてみて、初めて自分がタメ口で話していることに気付いた。話してみたら、最初の印象とちょっと違って見えたからかな。別にバカにしているわけでも先輩だって思ってないわけでもない、と思うんだけど。さすがにまずいのかな。こっちの方が、話しやすいんだけどなあ。

「こっちのは喋りやすいんだけど、ダメ?愛嬌ってことで」
「…なんか、想像してたイメージと大分違うな。いいけどさ、別に。
 で?はなんでこんなところにいるんだよ」
「…ちょっと、用事がありまして。みつひ、じゃなくて白帝寮に行こうとしてる真っ最中」

ほんとうは、なんか適当に嘘をつこうかな、って考えなかったわけじゃないんだけど、山口圭介なら平気かな、なんて根拠もないことを思ってしまった。
そんな一大決心を頭の中でしての言葉だったって言うのに、山口圭介はまたも頭を抱えて大きな大きな息をつく。…私、また何かしてしまったのでせうか?

「お前って、ほんとに飽きないやつだよなあ」
「な、なにそれ」
「白帝寮、正反対なんだけど」
「!!??! ええっ!うそうそ!!まじですか!?」
「大マジ。本校舎を中心にして、北に佐保姫、東に鳴神、南に白帝って建ってて、こっちは佐保姫側。お前、それっくらい確認して部屋でろよ」

まさかとは思ってたけど、本気で自分がこんな間抜けだとは思わなかった。だってだって、さすがに場所もしらないで無謀だとは思ったけどさ、最悪学校内だからなんとなるかなーって思ってたのに!…まさか正反対の方向に行くなんて運が悪すぎるし!なんで私って二択に弱いかなあ。くじ引きのときも感じたけど、右と左で悩んだ時に逆の方向に行ってれば良かった。私ってば本当にまぬけだ…

「そ、そんな落ち込むなって。ほら、まだ一ヵ月しかいないわけだしさ、それくらいの間違いあるだろ」
「そうなんだけど…でもやっぱり」
「まあ、何の用事かしらないけど、とりあえず今日はもう部屋に帰って寝ろよ。別に明日の朝まで延ばしたって、死ぬようなことじゃないんだろ」

俺が鳴神まで送ってやるから。
山口圭介はそう言って、私の前に手を差し出す。
でも、きっと、駄目なんだろうな。

「今日は、無理なんだ…」

なにを言ったのか、聞き取れなかったのかもしれない。きょとんとした、幼い山口圭介の顔がそこにあった。
朝まで延ばしても絶対に死にはしないけど、今夜の私には寝るってことがありあえない。部屋に戻っても、たぶん布団にも入れないで夜をすごして、きっと明日は目を真っ赤に腫らせてると思う。こんなこと、出逢ったばっかりの人に言えるわけがないから言わないけど。でも、無理なんだ。

「お、おいっ…!」
「え…」

焦ったような、困ったような声が聞こえた。
それから、自分がわけもなく泣いてるんだ、ってことに気づいた。
かなしい。さびしい。そうじゃなくて、たぶん。くやしい。
こんなときに、逢いたいよ。光宏に、逢いにいきたいよ、やっぱり。

「なっ、なんで泣くんだよ!俺なんかしたか…?」
「違うの、これ…っ、ぜんぜん違うの」
「だ、だからっ、泣くなって!」



「あらあら、そんなこと言っても逆効果なのに。ダメな少年ねぇ」



「………え?」
「な、なんだよ」
「今…なにか言った?あらあら、とかって」
「はぁ?そんなの言ってないけど…泣くなとは言ったけどさ」

ううん、違う。山口圭介の声じゃなかったけど、確かに聞こえた。ちょっと高めの、女の人の声。

「誰か、いるの?」
「なに言ってんだよ、
「だって今、女の人の声が」

「あら?私の声が解るの?」

ワンテンポおいてから、また聞こえたひどく落ち着いた綺麗な声。今度もまた、山口圭介には聞こえなかったみたいだ。私にだけ、聞こえる声?薬術学のときとおんなじだ。

…?」
「で、でてきてよ!隠れてないで姿を見せてよ!」
「お前…なに言ってんだよ、さっきから」

圭介(いいかげんフルネームで呼ぶのも面倒だから名前でいいや)の言葉をさえぎって、かさりと揺れた近くの樹。二回、三回と音を鳴らして、最後に大きな擦れが聞こえた。それと同時に降ってきた黒い影。


「「!!!」」
「珍しい子もいるものね。これで、二人目だわ」


まるで、それを楽しんでいるかのような鈴鳴るみたいな声。
影の正体は、すらりとした綺麗な黒猫だった。


十五夜とスピカ
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