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「ーーっ!!」 「うわぁっ!?」 ド すンっ 「ごめんっ!が勉強してるなんて全然思わなかったんだ」 「オイオイ藤代、それ全然フォローになってねぇし。それどころかのこと更に貶してねぇ?」 「ええぇっ!?俺、そんなつもりじゃあ」 「いいよ誠二。別になにか大きな被害があったわけじゃないし。それと上原くん、そんなふうに誠二のことからかって遊ぶのやめようよ」 溜息ひとつ吐いて、人懐っこい表情で「楽しーのになー」と笑う上原くんに言った。楽しいってねえ…その被害は間違いなく廻り廻って私か竹巳のところにくることになるんだよ、これが。誠二が嘆くと確実に後に響いちゃうんだよね。 ああ、でもやっぱり誠二にはぜひ渋沢さん辺りから一度きつくお説教してもらうようにしよう。なんだか首の辺りがちょっと痛い気もするし。ぐすん。 「ところでさ。ホントになにやってんの?」 「桜庭くん」 ソファーの背に腕をついて、今度は上原くんと同室の桜庭くんが覗きこんでくる。うーん、やっぱり応接室で勉強しようってのは甘い考えだったのか。まさかこんなに妨害がくるとは…部屋にひとりで黙々と勉強してると、寝ちゃいそうで怖かったからこっちにしたのに、失敗だったかなあ。 「なになに?しゅくだーい?」 「あれ?今日の授業で宿題でたっけ?」 「今日のじゃないよ。ほら、前の種族学の授業で出た宿題。明日が締め切りのやつ。全然わかんなくって」 「えっ?種族学に宿題なんてあったか?」 「ほら、淳。あのベアリエントの種族を種ごとに三つ挙げろ、ってやつだよ」 「あーあれ。俺十分で終ったぜ」 「えぇっ!?」 うそうそうそっ!この間の数学の授業で宿題忘れてきて先生に怒られてた上原くんが十分で!?いったいどうやってそんなことが! 反射的に顔をあげたら、上原くんは目を丸くしていたけれど、私の驚きは絶対に正当なものだ。だって種族学って「ベアリエントの正確な実態を書物として残すわけにはいかない」とかって理由で教科書ないんだもん!ノートは取っていいって言われているけど今までの授業(といってもまだガイダンスしかやってないし)で説明なんてあるわけもなし。それでいったいどうやって調べろっていうだ、先生! 「上原くん、どこで探したの!?」 「探すって…俺フツーに知ってたし」 「俺も知ってたよ?だからあれはすぐ終ったー」 「えええっ!!?誠二まで終ってるの!?」 まさか桜庭くんまで…と思って恐る恐る後を振り返ってみると、そこには勝ち誇ったというよりも終ってない私に驚いてます、って感じの訝しげな顔。ああ、当然終っちゃってるんですね。 私なんか、あんなに図書室に通って調べてたのに…でも、どんな本に載ってるのかも全然わからなくて、当然ながら結果は散々なものだった。というか、ここの図書室の蔵書は多すぎる。しかも「ベアリエント」ってタイトルがついているものを片っ端から読んでみたけど、「遺伝子配列」がどうとか「体内構造の相異」がどうとか、とにかくよくわからない論文ばかりだった。文字小さいし難しいし、理解なんて全ッ然できなかったんだよね。私の調べ方、間違ってたのかなあ。 「、竹巳とかに聞かなかったの?」 初日に電車おりたあと、竹巳が説明したのかと思ってた。誠二が首を傾げていった。 うーん…竹巳からねぇ。確かにいろんな種族がいる、みたいな話はお母さんからも竹巳からも聞いたけど… 「細かいとこまでは全然。"種"で分けた"族"を三つ挙げろ、って言われても"種"とか"族"がなんのことだかさっぱりわかんないし。あ、でも竹巳が種は四つあるとかって言ってたかな」 「へぇーじゃあ、もしかして、自分が何種の何族だかわかんないとか?」 「正確には、ね。でも、たく…笠井くんって子が猫耳族じゃないか、って言ってたからそうかなーって」 「まぁ、見た目的には猫か猫耳だよなぁ。もしくは式神とか?」 「あー、その可能性はあるかもなーあれだろ?確か式神って獣人とは違ったタイプの変獣ができるんだろ?」 「そうそう、でもすっごい少ないんだよなー俺まだ逢ったことねぇもん」 正面のソファーと私の後ろとで交わされる会話を右から左に聞き流して(だって、何話してるのかさっぱりなんだよ!)誠二がタックルを食らわせてくる前と同じように、シャーペン片手に罫線だけが引いてある白紙のレポート用紙に目を落した。 仕方ないから、ふたりの話が終ったら素直に聞こう。そう思って息を吐いたとき、今度はまた違う人の声に名前を呼ばれた。 「あれ、じゃん。珍しいな、この時間にここにいんの」 「翼さん、柾輝くん」 「よっす」 珍しいって言うか、ここ最近(といっても三、四日だけど)はずっと夕飯ギリギリまで図書館にいたからなあ。確かに今の時間、授業が終った直後から寮にいるのはちょっと久しぶり?かもしれない。 翼さんと柾輝くんは、私の右側の空いてるソファーに並んで座った。このふたりってすごく仲がいいんだよね。まあ、上原くんと桜庭くんも仲良いけど。同室だし、何時も一緒にいるし。そういうのが、実はちょっと羨ましかった。 正直なところ私はまだ他の寮の女の子とあまり話せていないのだ。人数が少ないせいもあるけど…同い年の女の子ふたりは同じ寮で、結構一緒にいるからちょっと話し掛けずらかったりするんだよね。それにふたりともすっごい美人だし!やっぱり綺麗な人を前にすると緊張するって言うか、へましないようにしなきゃって思っちゃうんだよねーでもでも、四月中に仲良くろう!それで一緒に女の子の話をするのだ! 「ってオイ。お前、俺の話聞いてるか?」 「へっ?」 「……聞いてなかったんだな」 「今、すっげー目が遠く見てたもんな」 「ってほんとおもしれぇよなー。俺、絶対椎名先輩の話無視するなんて怖くて出来ねぇよ」 どうやら私は、数十秒ほど心此処にあらずの状態だったようです。あからさまなほど大きな溜息を一回吐いて(その前にしっかり上原くんのことを睨んでた)(ご愁傷様です、上原くん)翼さんは呆れ顔で私をみる。どうやら、もう一度最初から話をしてくれるみたいだ。うう、ありがたくて頭があがりません。 「だから、種族のこと知らないんだったら今から説明してやるよ、って言ったんだよ」 「えっ!ほんとですか!?」 「…お前な、人の親切を疑うなよ」 「え、あ、すみませんっ」 「ま、が事前に知らないのは仕方ないことだし。寮長として落ちこぼれがいるのは嫌だからね」 なんか今、落ちこぼれって言った瞬間に上原くんと桜庭くんと誠二を見た気がしたんだけど…私の気のせいだよ、ね? 「なんかさ、椎名先輩ってに甘くねぇ?」 「淳もそう思うか…俺も実はそう思った。つーか俺らに厳しいよな」 「そこのふたり、内緒話はせめて聞こえないようにやってくれる?俺の説明が聞こえなくなるだろ。は一回しか言わないからしっかり聞けよ」 「はい!」 私がシャーペンとレポート用紙を用意したのを確かめて、翼さんはいつものマシンガントーク(こないだ誠二が寮の備品を壊したときに初めて聞いたけど…あ、思い出したくない)を喋るみたいに、ずらっと話し出した。 椎「ベアリエントが人間とは異なる遺伝子をもってる、ってことくらいは聞いたことあるよな。その遺伝子の相異ごとにベアリエントは大まかに四つの"種"に分類されてるんだ。その"種"の中でさらに能力ごとに別けるのが"族"。"族"は全部で三十くらいあるらしいけど、最近は絶滅した"族"もあったりするらしいから正確なところはよくわかってない」 「ベアリエント同士でも、遺伝子配列がすごく違ったりするんですか?」 椎「俺も研究してるわけじゃないから詳しくは知らないけど、そうらしいね。配列って言うよりも…根本が違うのかな。ほら、生物って種類によって染色体の数とか決まってるだろ?それが、俺たちベアリエントと人間とは違うらしい。もしかしたら、俺たちを構成してるのはDNAじゃないのかもしれない、って説もあるしな」 「染色体…DNA……??」 椎「ま、そういう専門的なことはいいとして。とにかくそうやって分類されてるんだよ。 それで、どの"族"がどの"種"に分類されるのってことだけど…」 「それ、宿題のとこです!」 椎「一つ目は『獣人種』。ベアリエントの六割くらいはこの"種"に分類されてる。確か…上原と藤代がそうだろ」 藤「うん!俺獣人の狼!」 上「俺は猫。あ、そういや俺猫だけどに反応しないな。ってことはは猫じゃないってことか」 椎「獣人種は一般的に、人間と動物の遺伝子を掛け合わせた存在だって言われてる。だから『狼族』とか『猫族』とか『鳥族』とか、"族"はいろいろあるんだけど、大抵人間の形だけじゃなくてそれぞれの動物の形もとることができるんだ」 「へーじゃあ、誠二も狼になれたりするの?」 藤「うん。だけど俺、まだコツ掴めてなくてさ。だからすっごい怒ったりして理性吹っ飛んだときに勝手になっちゃったりするんだよねー」 椎「まぁ、大抵は成人するまでに自由自在にコントロールできるようになるらしいね。 二つ目は『亜人種』。これは二割くらいかな。人間と殆ど変わらないのに、何所かしらに小さな違いがあるらしいんだ。ちなみに俺はここの『口寄族』。ほかにも『ヴァンパイア』とか『陰陽』とか…ああ、『宣神族』もここにはいるのか」 「ヴァンパイアとか陰陽って、あの昔話とかで有名な奴ですか?」 椎「そう。人間離れした生物ってさ、昔っからよく歴史に出てるだろ?予言者だったり狼男だったり。そういうのって、大抵はベアリエントが正体だったりするんだよ。だからってヴァンパイア族は血を吸わなきゃ生きていけないとかそういうわけじゃないけどな」 藤「確かねー三上先輩がヴァンパイア族だったよ」 「えっ!?それほんと、誠二!うわ…似合いすぎて逆にこわい」 椎「ちなみに、最後に言った『宣神族』ってのは希少種なんだ。希少種ってのは動物で言うところの絶滅危惧種のことだな。千人ベアリエントがいて、ひとりいるかいないかくらいの確率らしい」 「ふーん」 椎「三つ目が『混合種』。『犬歯族』とか『能獣族』がここに分類されてる」 「能獣って、動物の能力を持ってるってことですよね?それって誠二たちとは違うんですか?」 椎「『能獣族』は『獣人種』と違って、動物の姿をとることは出来ない。もともとの肉体に動物の能力が収まってるんだ。たとえば、能獣の狼だったりすると、手足の力が極端に強かったりする。ああ、でも例外はあるな」 「例外…ですか?」 椎「そっ。『混合種』の中の希少種で『式神族』ってのは動物の形もとれるって言われてる」 「あ、さっき上原くんたちの言ってた…」 上「でも式神は『亜人種』だって言う人もいるんですよね」 桜「そうそう。もしくは『特異種』とかな」 「『特異種』?」 椎「あー、おまえら煩い。話す順番が狂うだろ。 …最後の"種"が今言った『特異種』なんだけど、これはちょっとベアリエントの規格からは逸脱してるんだ。なんでも、遺伝子構造がまったくといっていいほど人間と一緒なのに、なぜか不思議な力を持ってるとかって話で…『特異種』は全部で三つの"族"しかないんだけど、その全部が希少種。その中のひとつは、世界に数万いるといわれてるベアリエントの中にひとりいるかいないか、ってくらい珍しい族なんだ」 「いるかいないかって…それって絶滅したってことじゃないんですか?」 上「でも、絶対にいる。そう俺たちは信じてる」 桜「淳に同感。俺も、絶対いると思う。つか、本当のベアリエントは『魔呪族』だけなんじゃないか、ってうちの親父よく言ってたし」 「ま、じゅ…ぞく」 椎「そう。『特異種』の中の"族"は天神(あまがみ)、半魔呪、魔呪の三つ。一生のうちにこの三族全部に逢えたら、めちゃくちゃ幸運だと思うぜ」 「そんなに珍しいんですか…?」 椎「珍しいね。特に『魔呪族』は神聖化されるくらい珍しい。半魔呪と天神はそこそこいるらしいけどね。ああ、そういえば玲が半魔呪だ。だからあいつめちゃくちゃ魔法に長けてる。『特異種』は全体的にマナの絶対量が多いらしいからな」 「ふーん。種族によってマナって違ったりするんだ。じゃあじゃあ、私はどうなんですか?猫耳、って聞いたんですけど」 椎「猫耳は混合種だな。だけど、実際に俺は逢ったことないからなんとも言えないな。猫耳って、実はよく解ってないんだ。今まで存在が確認された例が殆どなくて研究も進んでないし」 上「でもがいるんだから、ただのうわさじゃなかったってことだよな」 桜「そうそう。が生き証明ってやつ」 椎「ま、そんなところだな。あとは追々雨宮が教えてくれるだろ」 そこまで話し終えると、翼さんは指輪をつけた人差し指をくるりと回した。とたん、今の今まで私の筆記用具しかなかったはずのテーブルの上に人数分のジュースがカタンと現れる。 「おおぉっ!すっげー椎名先輩。もう転移呪文使いこなしてるんすね!」 いただきまーす、と嬉しそうに誠二や上原くんたちは翼さんのだしたジュースを手に取る。翼さんも今の長い話で渇いた咽を潤すみたいにゴクゴクと一気に半分くらいの量を飲み干した。 「で、はなんとかなりそうか?」 「うん。とりあえずなんとかなりそう。柾輝くんも心配してくれてありがと。翼さんもどうもありがとうございました」 「べつに。大した労力でもないからいいよ。ほら、も飲めよ。わざわざ出してやったんだから」 そう言って私のほうにコップを押しやる姿をみて、隣で柾輝くんが楽しそうに笑ってた。たぶんこれは、照れ隠しなるものをしてくれてるんだろうな、なんて自分なりに思ってみたり…っていうか絶対そうだよね、うん。 翼さんに勧められたジュースを一口含む。色が赤っぽかったからトマトとかかと思ったら、酸味が効いたグレープフルーツジュースだった。氷が入ってないのに冷たくって美味しい。咽を通り過ぎる瞬間、身体に蔓延ってる疲れを爽快感に変身させてくれてるみたいで気分もよかった。 ふと何の気もなしに正面を向く。上原くんを通り越して更に先。壁に掛かったカレンダーが目に付いた。うちの寮のカレンダーはなかなか便利で、日付や曜日だけでなく細かい記念日とか仏滅・大安とかもしっかり記入されてるタイプのもの。それには、区切り区切りのみではあるけれど、月の満ち欠けもしっかりと記されていた。 四月の満月。いよいよ、明日だ。 仲睦まじく(というより翼さんが煩い他三名を苛めて、柾輝くんが宥めてるって感じ)おしゃべりをしてるみんなのことをぼんやり視界の片隅に捉えながら、私は小さく溜息をついた。 |