一馬くんと英士くんが手を動かしだしたのを覗きみて、遅れて私も手元の薬類に視線を落とした。
今日の授業は、個人個人好きなように薬を作ってみましょうね、ってことで。半分くらいお遊びみたいなものらしい。まあ、お遊びだって本気でやらなきゃ、だけどね。
配られた薬は三種類。粉みたいにパラパラした細かい葉っぱがクレハで、露草の葉っぱみたいな細長いのがセセリン、赤茶のトゲトゲしたのがレンスというものだそうだ。どれも一応薬草の一種らしい。

「…好きに調合していいって言ってたよね」

ふと顔をあげると、英士くんはすでに乾燥した葉っぱをすりつぶして沸騰させたお湯に溶かしだしてる最中だった。一馬くんも危なっかしい手つきではあるけど、葉っぱをつぶし始めてる。うわ、私も早くやらなくちゃ!
でも、実はいきなり調合なんて言われても…正直どうやっていいのかさっぱりわからないんだよね。こんなことになるんだったら、昨日のうちに教科書をパラパラとでも読んでおくんだった。今更後悔したって遅いのはわかってるけどさ。

「ど、どうしよう…」

手に持った三つの葉っぱを順番に見て、呆然とする。とりあえず、私もすりつぶしたりとかしたほうがいいのかなあ。



『燃やすのよ』



「……えっ?」

手元から視線をあげて、首を動かす。今、声が、きこえたよね?
英士くんか一馬くんかな、とも思ったけど、ふたりは相変わらず自分の作業に集中してるし、それに聞こえた声はふたりのものとは明らかに違ってた。どちらかというと女性のもののような…

「…気のせい、かな?」
『燃やすのよ。それで、灰を同じ量だけ合わせて、沸騰直前の水に入れるの。それからぐるりと混ぜるの。それが、一番相性いいのよ』
「!?」

気のせいじゃない!絶対、聞き間違いじゃなくて、誰かが私に話し掛けてる。
それも、どうやらこの声は私にしか聞こえてないみたいで、英士くんも一馬くんも他の周りのみんなも、何かに気付いた様子も不思議がる様子も全然みせない。もしかしたら、これは聞こえてるのが当たり前のことだから反応しないのかとも思ったけど、それもどうやら違うみたいだった。だって誰ひとり、この声に従ったことをしてる人がいないんだもん。

「…私、だけ?」
『はやくはやく』
『一番良い方法じゃないと、勿体無いよ』
『ぼくたちだって、最高の最後を迎えたいんだよ』

「………増えてる」

小声でぽつりと漏らした言葉に気付く人はいなかったみたいで、私の嘆きは私にしか伝わってこなかった。
気が付けば三つに増えた声が尚も『はやくはやく』と急き立て続けるものだから、どうせやり方も解らなくて悩んでたくらいだし、まぁいいやと思って彼ら(声相手に彼らって言ってもいいのかな)の言うことに従ってみることにした。

見慣れない、シャーレみたいな器の上でそれぞれの葉っぱに火をつける。火は、簡単に燃え移ってあっという間に葉っぱを白とか黒の灰に変えてしまった。
その灰を天秤で計って、同じ量ずつをまとめて紙に乗せる。それから、温めておいたビーカーの中の水がぶくぶく騒ぎだしたのを見計らって、さらさらと注ぎ込んだ。よし。あとは、混ぜればいいんだよね。
ここまでの作業を終えた頃、いつの間にか、さっきまでうるさいくらいに聞こえてきていた声が完全に消えていることに気が付いた。どうしたんだろう。さっきまで、あんなにはやくはやく言ってたのに。

「………?」

何がなんだかわからない、っていう現状はまったく変わることがなかったけれど、周りの時間は私の悩みなんて気にも留めないで進んで行っちゃうものだから。だんだんと先生のところに出来上がった薬(もどき?)を提出しに行く人たちの姿が目に付き出してきたし。そろそろ授業も終りの時間だ。謎って言ったら謎だけど、悩むのはあとにしなくちゃ。
そう決断して、私は細いガラスの棒でビーカーの中をぐるりとかき混ぜた。

その瞬間 ――――――――


 ボッン!!


「うひゃあっ!!?」


思わず素っ頓狂な声をあげて、その場に尻餅をついてしまう。
どうした、とか何があった、とか言ってる周囲の声でなんとか正気を取り戻して恐る恐る台の上に目をやると、もくもくもくと白い煙を吐き出しつづける小さなビーカーが見えた。どうみても、私が灰をいれてかき混ぜた、あのビーカー。大きな音はしたけど、どうやら想像してたような爆発はしてなかったみたいで(大爆発で破片が飛び散ってるのを想像したよ)煙が出ている以外に変わったところはとりあえずなかった。煙だけでも、十分おかしいけどさ。

「何があった!」

呆然と煙に見惚れていたら、大慌てで松下先生が駆けつけてきた。私とビーカーとを交互に見て、驚いたように瞬きを繰り返す。いや、驚いてるのは私ですよ。危険はないって言われてたから、何も起こらず終るのかな、って思ってたのに!

、おまえいったいどんな方法で調合したんだ?配ったもの以外のものでも混ぜたのか?」
「し、知りませんっ!ただ、薬草を灰にして沸騰してるとこにいれて…かき混ぜたらこんなことに」
「灰に…?灰にして、同じ量ずつを混ぜたのか?」
「そっ、そうですけど」

めちゃくちゃ怒られるのかと思ったけど、期待はずれというか(はずれてくれて嬉しかったけど)松下先生は口元に手をやって少し難しい顔を作ってから、「とりあえず、これは提出でいいか?」と言って私の返事も待たずにビーカーごと、煙の止んだあの調合物を持っていってしまった。

ああもう!いったい、何がなんだって言うのさ!!


お薬にご用心
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