本日最後の授業は、校舎から徒歩六分のところにある別館(というよりもむしろ、実験場?)で行われる薬術学。正直なところ授業は初回だし、内容的にも実習が多そうだから楽しそうかもーとか思ったりはしてるんだけど…
どうか、どうか!宿題だけはでませんよーにっ!!




「みんな知ってるか?人間の慣用句には"習うより慣れろ"という言葉があるんだ。
 それに則って、最初の授業は薬を実際に扱ってみることから始めよう。三人一組で…ああ、組は俺が決めたほうがいいな。薬学の授業は、今から決める班ごとに毎回行うから、忘れないようにしろよ。
 それじゃ、一組目は……」


「……………。」

中学校の理科室にあった机みたいな黒板色の大きな台を前にして、向き合った二人。その片方に、嫌なくらい見覚えがあった。

「えっと…一馬くん、だったよね」
「っ!な、名前、覚えててくれたんだ」

そりゃ、きみがというよりもう片方の"若菜結人"のほうが嫌なくらい印象に残ってたから。…なんて言えないよね、やっぱり。

「うん。だって、話し掛けてきてくれたの嬉しかったし」

言い訳するわけじゃないけど、これは嘘じゃありません。寮生活が始まったばっかりで、不安だけが先立ってたときに、最初に声をかけてきてくれたのは一馬くんだったから。あのあとの経緯は別として、それ自体はすごく嬉しかったから。あれから何度か見かけたこともあったけど、若菜結人の方が私のこと見つけるとすぐに何所かに行っちゃってたから話す機会は作れなかった(一馬くんはいつも若菜結人と一緒だったから)本当は、すっごく仲良くなりたかったんだよね。

「改めて。私、。よろしくね」
「さ、真田・一馬」

よろしく、ってあの時言えなかった言葉を言ったら、なんだか妙にすっきりした。真田くんかーなんか、今まで周りにいなかったタイプの子だなぁ。


「ああ、この子がなんだ。案外、普通の子なんだね」


真田くんとお互いに笑いあってた横から、さらりとそう言ったのは同じ班のもうひとりの男の子。
真田くんと同じ真っ黒い髪の、かなり格好いい子だ。うーん…これは格好いいというよりも、綺麗って単語のが似合うかも。翼さんも可愛くて女の子っぽかったけど(本人目の前に、もう絶対言えないけどね!)こちらの彼も化粧とかしたら凄い美人さんになっちゃいそうだ…もちろん口になんてださないけどね。だって翼さんのときの二の舞になっちゃうもん。

「え、英士っ」
「普通って…私、明らかに外見は普通じゃないと思うんだけど」
「ああ、気に障ったならごめん。えっと、、で構わない?」
「うん。きみは…英士くん?」
「郭英士。英士のままでいいよ。郭って呼びにくいって不評だし。
 えっと、そうそう。普通って言ったのは、別に変な意味じゃないんだ。ただ、結人から聞いてた印象と大分違うな、って思って」

ちなみに俺は白帝寮ね。
付け加えたようにそう言った英士くん(確かに郭くんは噛みそうだ)は、私の目にものすごく繊細なひとに映った。なんか、恵人さんに似てるのかな?
そういえば…あんまり気にしてなかったけど、英士くんもアイツのことを結人って呼んでるってことは……

「もしかして、若菜結人の…お友達?」
「まあね。出身の郷が一緒、って言うくらいの接点はあるよ」

それって明らかにお友達なんじゃないんですかー!!ていうか、今まで私が仲良くなった人を見る限り、同じ郷同士で仲悪い人見たことないんですけどっ!
頭の中で英士くんに対する判断がおどおどと左右どっちにつこうか迷ってる最中。不意に、英士くんがふっと笑みを零して楽しそうに言った。

「結人とも一馬とも仲はいいけど、別にだからってのこと、嫌おうなんて思ってないよ。あれは、結人の特別」
「あっ、いや、そんなこと…」
「だから ―――――― そんなに警戒しないでよ」
「………!」

左胸が、ぎゅっと握りつぶされたような気分だった。
そう、そうだよ。だって英士くんは、今初めて逢ったんだよ?それなのに、勝手に判断する理由なんて、どこにもない。

「ご、ごめんっ!」

いきなり、大きな波みたいな恥ずかしさが込み上げてきて、謝らずにはいられなかった。

「私、なんか勝手にイメージ像って言うか、そういうの作っちゃって、そんなの全然違うのに本当に警戒しちゃってたみたい。
 だから、すっごい失礼だった。ごめんなさいっ!」

こんなこと、突然言ったらおかしいかな。でも、こんな失礼な自分、ほったらかしになんてできるわけない。きっと英士くんも一馬くんも、変な顔して私のこと見てると思った。ああ、こいつ。何言ってんだろう?やっぱり、変な奴なんだな、って思われてるかもしれない。っていうか、私だったらそう思う。
でも、顔をあげてふたりをみたら、


小さな子供を宥めるみたいな しょうがないなって雰囲気で、
なんだかほんとに楽しそうに 微笑ってた。


「そんなの、謝ることじゃないでしょ。先入観なんて、誰だって持つものなんだから」
「それにあの時の結人の態度は、俺でもまずかったと思うし。でも、あいつほんとは悪い奴じゃないんだ。だから…」

だから、のあとにどんな言葉が続くのか。そんなの言われなくたって解った。だって、ついこの間、恵人さんにも似たようなことを言われたし。
一馬くんに英士くんに恵人さん。
こんな素敵な友達とお兄さんを持ってる若菜結人って男の子が、悪い人じゃないんだってことは何となくわかるよ。私は、どうしてか嫌われちゃってるみたいだけど。もしかしたら、私が気付かないうちに何かやったのかもしれない。私、こういう性格だし。何時の間にかって多そうだし…

は…確かに普通じゃないのかもね。結人が言うのとは、違う意味でだけど」

ふっと溢れたような笑い方で英士くんが小さく零す。
その、直後。

ポン、と軽い感触が頭の上を通過した。

「おまえら。交流を深めるのも今日の目的だが、しっかり手も動かせよ」
「松下先生!」

驚いて周囲を見渡すと、他の班の人たちはもうすでに配られた三種類の薬草を好きなように調合し始めている。手が止まってるのは、もう私たちだけだった。

「す、すみません…っ」
「よし。それじゃあ反省は態度で示せよ。
 さっきも言ったが、この三種類の薬草はどんな混ぜ方をしても危険なものはできないから、自分の好きなように調合してみろ。でも、出来上がったものはむやみやたらに口には入れるなよ。一応、完成品は俺のところに持ってくるように」
「「「はい」」」

よろしい、と言って他の班の方へ歩いていった先生の背中を、ほっと胸を撫で下ろして見送った。いかんいかん。授業中なことをすっかり忘れてしまっていたわ。
だけど、どうやらそれは、英士くんも一馬くんも同様だったらしい。

「じゃあ、また怒られないうちに…はじめようか」
「うん。そうだね」

顔を見合わせたらなんだか妙に楽しくて、三人そろってひっそり笑った。


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