からりと澄んだ、四月の晴れの日。それから、新しい学校での最初の授業の日。
とりあえず、これまで受けてきた中学生の授業とは程遠い内容であることが、開始一日目にして発覚しました。

初日、一時間目の授業は「種族学」というものだった。名前からして思いっきり怪しいけど、内容もこれまた実に不可解なもので。担当教師の雨宮東吾先生(昨日壇上で話してた先生だ)は爽やか、って感じの優しそうな人だったけど…前置きとして説明された概要がさっぱりわけがわからない。


「ぼくの教えるこの『種族学』という科目では、文字通り数十種類に及ぶベアリエントの種族それぞれの特徴や、ベアリエントについて今のところ判明している歴史などを中心に学びます。みんな、自分たちのことだからよく解ってる、と言うかもしれないけれど、未だにはっきりしていない部分が多いんだよ?
 たとえばこの"ベアリエント"という名称だけど………」



と、こんな感じだ。
とりあえず、ベアリエントのことをまったく解っていない私にとっては、とても素晴らしき科目なんだ、ってことはわかる。本当なら「種族学」のひとつ前に入門編とかを設けてもらいたいくらいだけど、そこまで我が侭はいえないし。
だけど、だけど……!





「いったいなんなのさ、この宿題の量はっ!!!」


午前中に予定されていた三時間分の授業をこなした後のお昼休み。
前回案内された食堂からトレーに乗せたランチセットを持ってきて、あの鳥さんの巣のある樹の木陰でお昼ご飯を取っていた最中、思わず叫んでしまいました。

「種族学にはじまって、人間学数学、言語と、全部が全部宿題出すなってのーっ!!」
…いくら嘆いたって現実は変わらないよ」

こちら、二年生も同様に大量の宿題がでたようで、一緒にご飯を食べてる翼さんもちょっとばかし堪えているようです。
ちなみに一緒にご飯を食べてるもうひとり、柾輝くんはといえば、

「ま、数学なんて大した量じゃねえし。なんとかなるだろ」

なーんて余裕綽々な態度なんです!(のちに余裕なわけでなく、こういう性格なのだと発覚しました)

「そういえば、翼の学年も授業は全寮統一だったのか?」
「当然。ていうか、寮ごとだったら人数少なすぎてやってられないだろ」

ちょうどご飯を口に含んだ状態だった翼さんは、もぐもぐと数回しっかり顎を動かしてから答える。
確かに、わざわざ十人ずつくらいで授業をやってたいら大変だよね、先生も。当然ながら、今日の私たちの授業も三十人近い人数で行われた。三つの寮の一年生が全員一緒にだからそれくらいの人数になったんだけど、小学校の時も中学校でも普通に四十人で一クラスだったし、私からすればこれでもまだ少ない感じがするんだよね。

「私…ほんとに、柾輝くんが居てくれて助かったわ」
「ん?なんでさ」
「だって、翼さん。一学年で三十人近い人数が居たくせに、私知り合いがほとんどいなかったんですよ?むしろ、柾輝くん竹巳誠二光宏の四人だけですよ」

はっきり言って、教室に入った瞬間すっごい辛かった。
朝ごはんを食べる前に引き止められて一時間目はギリギリになっちゃったから、ドアを開けたとたんこっちに視線が集中するわ、知らない顔ばっかりだわ、みんなもう既に仲良い子同士作っちゃってるわ、誠二は竹巳を見つけるやいなやそっちのほうに行っちゃうわ…
いや、まあ誠二もめちゃくちゃいい子なんだけどね。なんていうか、竹巳に異常に懐いてるって言うか…あれもまさに、幼馴染って言う関係なんだろうなあ。

「ま、俺も大して知り合い居るわけじゃねぇし」
「そうだね。柾輝も俺も、同じ郷の奴は寮内にいないしね」
「あ、ふたりも郷出なんだ」
「もちろん。他におんなじ郷からきてる奴が三人居るよ」
「あと、すぐ近くの郷の知り合いも二人いるな」

「郷」という存在のことについて、私が説明を受けたのはほんの数時間前。朝、ご飯を食べる前に西園寺先生に引き止められて、受けた話がそれだった。
といっても、たいした時間があったわけじゃなかったから、とても簡略化された説明だったけれど、"郷"というものがベアリエントだけが暮らす村みたいなものなんだ、っていうことだけはわかった。
なんでも、ベアリエントにはベアリエントの社会みたいなものがあって、大きな団体がちゃんと管理していて、この学校に来ている生徒の殆んどが"郷"から来ているのだという。それくらい、ベアリエントの社会では当たり前のものなんだとか。…私は、知らなかったけど。
だから、やっぱり柾輝くんと翼さんにもすでに知り合いが居るってことは、予想の範囲内だったとも言える、けど。…ほんの少しだけ、意外だった。だって、柾輝くんってば午前中、ずっと私といてくれたんだもん。

「じゃ、じゃあもしかして私、その人たちとの交流時間、奪っちゃってます!?」

翼さんと柾輝くんは、何かといえば私と一緒に居てくれる。授業の合間も今も、当然のように隣に居てくれる。
それも全部もしかして、他の人との交流時間を削って作ってくれたものだったのかな、って不安になって、慌ててそう聞いてみたらふたりは一度顔を見合わせ、また何時ものようにぷっと吹き出して笑った。

「おっまえってば、そういう女なんだよなー」
「つーかさ、俺らが好きで一緒に居るんだって事くらい、わかれよな」

怒ってるって言うよりも、呆れたようなふたりの声。とりあえず、迷惑って訳ではないらしい…よかった。

「それに、の場合はすぐに他の奴等と過ごすようになるだろ」
「それで翼の機嫌が悪くなんだな」
「?」
「うるさいよ、柾輝。あー、おまえは悩まないでいいの。
 だって考えてもみろよ。数少ない女子生徒で、初っ端から騒ぎ起こすようなやつで、その上用意されてないはずのくじを引き上げるような強運で、おまけにオプションで猫耳まで付いて。なーんて面白い奴、この学校にいる奴がほっとくわけないじゃん」
「……それって、貶し度九十パーセントくらい含んでません?」

おずおず手を挙げて抗議にも似たことを言ってみると、翼さんは「そういうとこもだな」と冷たいお茶をすすりながら呟いた。

「証拠、見せてやろうか?」
「え、なんのですか?」
「今言った、他の連中とってやつ」

え、どうやって?
半分以上、そんなこと無理でしょうって思いながら「あるなら是非」と自分なりの皮肉を込めて投げやりに返した。その態度が気に入ったらしく、翼さんはにやにや笑いながら(それじゃまるで三上さんですよ)自分の背中、校舎の方を親指で指差す。
なんだろう?
前に座ってる翼さんに隠されて、座ったままだとよく見えなかったから膝をたてて高い位置から視線を向けた。


「…あ、」
「あー!!いたーっ!」


校舎からここまで結構距離があるっていうのに、誠二の叫び声はキンキン耳に響くくらいの大きさで聞こえてきた。

「証拠って、あれですか?」
「そ。かなり、うるさいけどね」

うわ、翼さん。実はめちゃくちゃ嫌そう。見た感じ、私の世話も見てくれるような親切さんに見えるのですが…誠二のこと苦手なのかな?いや、それだったら一緒に探検なんかしないか。
そうこう考えてるうちにダーッと全速力でやってきた誠二と、その後からのろのろゆっくり歩いてくる渋沢さんと三上さん。私たちと一緒で、手には食堂のトレーが乗せられていた。あれで…よくあんなスピードで走れるなあ。

ってば、すぐいなくなりすぎっ!!食堂中探してもいないから、心配したじゃんか!」
「え、や、だって。誠二は竹巳とかと食べるのかなって。それに昨日発見したここが、気持ちよさそうだったから…」
「だからって置いてかないでよ!授業の時だって、黒川とふたりで仲よさそうに並んで座っちゃうしさー」
「いやあれは、誠二が竹巳んとこに走って行っちゃったから」
もくると思ったんだよっ!!」

あ、そうだったんだ。これは失敗。私はてっきりこっちが置いてけぼりをくらったのかと思って…

のこと、置いてくわけないじゃん!!」

ずいっと迫ってくる誠二を横目にちらりと目配せすると、翼さんは「言ったとおりだろ?」って雰囲気の勝ち誇った顔で私を見ていた。
確かに…なんて言っていいのかわからないけど、少なくとも誠二に愛されちゃってるのは事実みたいです。

「ところで…」

さも当然の如く、私の隣に席を構え(柾輝くんを半ば押しのけて、だよ)ご飯を食べ始めた誠二はいいとして、

「なんで、三上さんと渋沢さんが…?」
「あん?俺がいたら何かまずいことでもあるっていうのかよ」

別にそこまでは言ってないのに(ぐすん)そりゃあ、入学式以来三上さんにも渋沢さんにも逢ってなかったから、どうしてるかな?とかは思ってましたし。いやでも、あえて言うなら三上さんにはあんまり逢いたくなかったって言うのが本音というかなんと言うか…(だってこないだの頬引っ張ってきたやつ、本気で痛かったんだもん!)

「…おまえって、あからさまに顔にでるやつな」
「それってどういう」
「べっつにぃ」

これぞまさに、元祖といわんばかりのニヤニヤ笑い。これをみると何故か、さっきの翼さんの笑顔さえ可愛らしいものに見えちゃうよ…あのねでもね、嫌いなわけじゃないんですよ、苦手だけど。苦手と嫌いはまったく別物っていうか、とりあえずこうして誠二に付いてきてくれてる(あ、そう考えるとさっきの私の台詞、かなり失礼かも)あたり後輩思いのいい人なんだな、って思うし。
ただ、頬っぺた引っ張るのだけはもうトラウマの如く残ってるってだけでね!

さんも、変わらず元気そうだね」

渋沢さんが、あの柔らかい笑顔を浮かべて言う。

「でも、先輩っ。ってば昨日は大変だったんスよー
 日生は日生で、まだには逢えないから、とかいうし。おかげで竹巳もあいつにつきっきりだしさー」
「…だから竹巳はいないんだ」
「そ。食堂で日生と食ってる」

"まだ"

光宏の声が、聴こえた。だったら私も、きっと"まだ"逢っちゃいけないんだ。

「ところで、さん寮生活はどう?」
「あっ、楽しいですよ!翼さんも柾輝くんも誠二もいるし。渋沢さんはどうですか?」
「俺のところはまだ全員と顔合わせが終ってなくてね。一応、寮長だから名前を覚えなきゃいけないとは思ってはいるんだが…」
「へぇ、佐保姫の寮長はあんたなんだ。鳴神はぼくなんだよ」
「えっと…椎名、くん?」
「椎名翼。そっちは渋沢と三上だろ?さっきの授業のとき、名簿見たから知ってる」
「名簿って翼さん、まさか覗き見」
「馬鹿。そんなわけ ――――――― 」

昼食タイムは、そうこうしているうちにあっという間に過ぎてしまった。


それが、学生の本業です。
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