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「お、おおおおおはようっ!」 「へ?」 部屋の戸締りを終えた集合時間二分前。応接室に入ろうと、女子棟と繋がる扉をくぐった直後、突然声をかけられた。 「え、っと…お、おはよう?」 いまいち状況を把握しきれないまま、私は目の前の男の子にそう答える。 状況というかなんというか、まだ寮のメンバー全員覚えてない私には(正確に言えば翼さんと誠二と柾輝くんしかしらない)この声をかけてきた黒髪・紅潮・つり目の彼がいったい誰のか解らなかったのだ。まあ、挨拶をしてくれたってことは友好的な態度をとろうとしてくれてるんだろうな、ってことは解かるんだけど。 実際のところ。戸惑っていたりするのです、はい。 何にって?そりゃ、知り合いの少ない場所に、ほっぽられちゃったことにです。 とはいうものの、やっぱりいくら戸惑っていようが困っていようが、挨拶をされた以上は返答するのが礼儀というものだと思うので。どぎまぎながら笑ったつもりで返事をしてみたんだけど… 少年さんは、なにやらそれが随分嬉しかったご様子です(顔が一気に明るくなりました) 「お、おはようっ!!」 「あ、うん。おはようございます。 えっと…はじめまして、でいいんだよね。私は。きみは?」 「え、あ。お、おれ」 「一馬!」 ぱくぱくと酸素求める金魚みたいに口を動かして、それでも中々言葉を紡げない目の前の少年に代わって、これまら聞き覚えのない、大きな大きな声がした。 「あ…ゆ、結人」 「なにやってんだよ、一馬!いきなりいなくなったと思ったら…」 やってきたのは、どことなく幼さが顔に残る明るい茶髪の男の子。名前は「結人」というらしい。 一見したところ、竹巳とか誠二並に格好良い男の子だと思うんだけど、なんだかちょっと妙な感じ。別に外見が変とかそういうことを言うつもりは更々ない。だって、今日日の男の子ってこんなに綺麗だったっけ?ってくらいに整った顔をしているし。でも、それなのになんだか変な印象が、彼にはあった。 結人と呼ばれた男の子は、一馬って子の方から視線をこっちに動かして、ギロッとした睨み付けるような瞳で私を見た。 うん、そう。これだ。彼から受けた変な感じは。上手く言葉にできないけれど。なんていうか…私に対して、端から敵意を抱いているような、そんな雰囲気。 「いきなりいなくなったと思ったら、っんでこんな半端者のところに来てんだよっ!!」 「ゆ、結人っ」 「…はあ?半端者って…いきなり何を言い出すのさ。まったくもってわけわかんないし」 「半端者は半端者だろ!一馬、行くぞっ!こんな奴と話してると俺たちのレベルまで下がっちまう」 な…なんなんだ、こいつ!! いきなり目の前に現れたと思ったら、人のこと馬鹿にして。っていうか、絶対に今の台詞は馬鹿にしてるとしか考えられない! だいたい、半端者っていったい何?そりゃ、ベアリエントってことだけでも人間と比べたら半端かな、とか思うけどここにいるってことはあいつだってそうなはずだし。むしろ種族云々で半端だとかそうじゃないとかいうのは、凄く失礼でしょ。 茶髪の奴は、困ったような顔をして私と奴に交互に視線を向ける「一馬くん」とやらの腕を引いて、反対側の扉の方に足を向ける。はっきりいって心が広くないと思いっきり自己主張できるくらいの私には、ここで素直に「ハイ、そうですか」と引き下がれる温厚さなんてあるわけもなくて。「結人」って奴を引きとめるために、思い切り腕を伸ばした。 その腕が、茶髪の彼の服に届くその直前 ―――――― 誰かの手が、私の腕を掴んで静止させる。 「なっ…」 「あんまり、初日っから問題を起こすようなことはするなよな、」 「つ、翼さん!」 腕の進行を止めたのは、昨日知り合ったばかりの先輩だった。 女の子と見紛うくらい可愛らしい顔で、若干呆れたように息をつく。斜め後に立っていた柾輝くんも、なぜかお腹を抱えて笑っていた。 「な、なにが可笑しいの、柾輝くん!」 「いや…なんつーか、お前ってこう、感情のメーターの上がり下がりが激しいっつーか。見てて飽きないよなあ」 「それ、褒めてない…よね」 「いんや、かなり褒めてるつもりだぜ?」 「………。」 「とーにーかーく。お前は少し周りと自分を考えて行動しろよ。 昨日、鳴海たちの喧嘩を止めようとしたときだってそうだろ?あの日生って奴が出てこなかったら、お前鳴海の拳喰らってたんだぜ?」 「うっ」 「今回だって、寮に入って即行同じ寮生しかも若菜なんかと喧嘩したら、面白いことにはならないだろ」 「それは…」 翼さんの言うことは、ものすごくもっともだと思った。 確かに私は、どちらかというと考えるよりも突っ走るタイプだし、思ったことは行動に移さないとなんだかむずむずするような気がして、小学校のときも中学校の時も、気が付くと何故か騒ぎの中心になってたことが結構あった。 もちろんその度に、先生に怒られたりしたし、怪我をしたことだって何度もある。逆に、友達との結束が強くなったりって、いいこともあったけれど。 でも、そういういいことが起こったのは、私がもともとその友達と仲がよかったからって前提があるわけで。少なくとも、今のこんな奇怪な現状とは、全然違う状態でのことだったわけで。 やっぱり、知り合いもほとんどいないこの場所で、いくら嫌なことを言われたかってすぐにカッカするのはよくないのかもしれない。っていうか、きっとよくない。 「…ごめんなさい、翼さん。私、全然考えてなかった、です」 「解ればよろしい。 って…、お前…」 「はい?」 「耳が…萎えてる」 「え?」 「へぇーやっぱり、それ感情に影響すんだな。ははっ」 「えっ、えっ?耳って…私、意識してないですよっ!?なんで?なんで垂れてるの!?」 「あ、立った。 あははっ!いーじゃん、それ。面白くてさ。感情メーターってわけね」 「面白くありませんっ!!」 「あら?私も面白いと思うわよ?それに、本当に猫みたいで可愛いじゃない」 「猫ってそん…さ、西園寺先生!?」 驚きのあまり、後に身を引いたらすぐそばにあった扉の角に頭をぶつけてガツンと鈍い音がした。 でも、それくらい驚くのもあたり前だと思う。だって、いきなり目の前にあの美人素敵の西園寺先生が現れたんだから。 「おはよう、さん。朝から元気みたいで安心したわ。鳴神は女の子があなたひとりだったから、寂しがってないか心配だったの。 でも、もう約束の時間だから、ね?私語は謹んで、先生の話を聞いてくれると嬉しいのだけど」 「はっ、はい!聞きます聞きます!!聞かせてください!」 「ありがとう。ああ、それから」 「なんでしょうか!」 「その耳、本当に可愛いわよ?」 ……どうやら、西園寺先生はこの耳がいたくお気に入りらしかった。 「翼さんっ、さっきはありがとうございました」 ほんの少し声の大きさを落として、並んで歩く翼さんに頭を下げつつお礼を言う。 朝ご飯を取るために、食堂(もとい、昨日の広間)に向かっている最中。翼さんは、可笑しなものでもみるような視線を私に返した。 「お前…なに、お礼なんて言ってんの?」 「え、だって。さっき、止めてくれたじゃないですか。そのお礼、まだ言ってなかったですから」 「ああ。別にわざわざいいけどさ。まあ、その誠意は受け取っておくよ。 …ところでさ。さっき、なんでお前若菜なんかに突っかかろうとしてたわけ?」 「そーいえばそうだな。、郷出じゃないんだろ?だったら、若菜と面識なかったはずだよな」 半ば面白がるように(むしろ、確実に面白がっている)翼さんの隣を歩いていた柾輝くんも話にひょいと加わってくる。 「若菜」っていうのは、やっぱりあの茶髪くんのことだよね、うん。 一応、並んで(と、西園寺先生は言っていたけど実際には結構バラバラ)歩いてる周囲の人たちの中に、あの明るい髪の毛がないかを確認して、私はついさっき彼に言われたことをできるだけありのままに話した。もちろん、黒髪の彼のこともそれなりに。「一馬」という名前くらいしかわからなかったから、当然曖昧な説明にはなってしまったけれど、それでも翼さんと柾輝くんには十分伝わったようだ。 「と、いうわけでして。何故かいきなり喧嘩を売られたような気がして、ちょっと腹が立ってしまったもので…」 「で、引きとめようとしてたわけか」 「…はい」 「しっかし、半端者ねえ。あの若菜が、進んでそんなこと言うなんてな」 「翼さん…奴と知り合いなんですか?」 「面と向かって逢ったのは今回が初めてだけど、『若菜結人』は結構有名だからな。 特異種半魔呪族で、両親も生粋のベアリエント。プライドが高いというかなんというか…悪いやつではないらしいんだけど、ちょっと力を過信してるところがある、って噂だな」 「とくいしゅ…はんまじゅ?」 「性格が悪いわけじゃないらしいから、いくらが目立ってたとはいっても猫耳族だし。つっかかってくるなんて、なあ」 「変なんですか?」 「同室の話を聞いてる限りは、変だな」 「はあ」 正直なところ、翼さんの言葉の中には色々と意味のわからない単語があったんだけど、そのことはひとまず置いておいて。 とりあえず、その「若菜結人」というさっきの彼が、私なんか相手にするというのはオカシイ、ということだけは確からしい。何でそうなのかはよくわからなかったけど。 「でも、実際言われたものは言われちゃったんですよね…」 「しかも半端者、ねえ。柾輝、なんか心当たりあるか?」 「いや、俺も聞いたことないな」 「一般的な言葉じゃないんですか?」 「とりあえず、俺たちは知らない」 「ふーん…ってことは、もしかしたら悪口じゃなかったのかもしれませんね」 「いや、たぶんそれはないだろ。つーか、立ち直りって言うか、吹っ切れるの早いなー」 「そうでもないです。私は蛇の如くしつこい女ですから。 でもまあ、まだまだ私は自己紹介もしてないし…疑うのは、そのあとでもいいかなーとは思っちゃいました」 もしかしたら、全部誤解で普通に仲良くなれるかもしれないし。 そう言ったら、翼さんと柾輝くんはまた大きく息を吐いてから小さく笑い出した。 「また…オカシイですか?」 「いや。ま、それでいいんじゃない」 「アンタ、大物になるよ」 「は、はあ…」 いろいろと引っかかるところはあったけれど、どうやら二人はそれで十分満足してしまったらしい。 なにがいいのか尋ねようとも思ったけれど、それよりも先に目的地である広間に到着したことによって、私の問いかけは聞けず仕舞いになってしまった。 |