「これって、どうなるんだ?」

どこかで名前も知らない誰かが言った。
どうなるのか、だって?
そんなの、私がいちばん聞きたいっての!


「あらあら、どうしちゃったのかしらね」


なんて私の心の叫びを知ってか知らずか、何事もなかったような口調で西園寺先生が言う。
ほんの一瞬前まで、めっさ驚いた顔してた面影なんて全然なくて、本気で困ってるような表情を浮かべて小さく微笑んで。もしもいま隣に竹巳が居たら「もうちょっと疑えば」とか言われるんだろうなあ、なんて私でさえ思ってしまうくらいの早変わり。驚いていたさっきまでが正しいのか、それとも困った今が正しいのかは解からなかったけれど、なんでだろう。なんとなく、先生はこの結果を知っていたんじゃないかって、思ってしまった。だって先生の笑った顔が、少しだけ勝ち誇ったように見えたから。
西園寺先生は口元に手を軽く当てて、眉を顰めてから悩むように言った。

「誰かが入れるときに間違えてしまったのかもしれないわね。
 いいわ、それじゃぁさんは鳴神寮に行ってちょうだい」
「え…鳴神、でいいんですか…?」

むしろ私、白帝がいいんですけど…なんて、喉まで出かかった台詞は、壇上に向けられるたくさんの視線に怖気づいて、さすがに声にはならなかった。
だからとりあえず、必死に必死に視線で先生に訴えかけてみたりしたけれど、西園寺先生はにこりと微笑ひとつで返事をする。

「えぇ。今一番人数が少ないのは、鳴神寮だもの。さんも、構わないでしょ?」

…………………。

その笑顔に逆らえと、言うほうが不可能だと私は思います(お母さんが怒ったときより怖いよ…!)
悩むこともなく思わず縦に頷いてしまった自分の行動に、密かに泣きたくなったのは言うまでもない。




それからすぐに呼ばれた光宏の名前を聞きながら、私は真ん中のテーブルに向かった。
さすがに最後から二番目という順番の所為か、空いている席はほとんどなかった。とりあえず、一番最初に目についた空席に足を向けて椅子に手をかける。列車を降りてからずっと立ちっぱなしだったから、少し硬い木の椅子でも腰をおろした途端に気持ちがすごく落ち着いた。

「はあぁー」
「あんた、よくさっきの今でそんな和んでいられるね」
「和むってそんな…えっと、どちらさま、でしたっけ?」

話し掛けてきたのは、隣の椅子に座っていた可愛らしい人だった。
あ、この人。鳴神寮唯一の女の子さんだ。焦げ目の茶色いふわふわした髪に、きりりとした大きな瞳。遠くから見たときもすごく整った顔立ちで可愛らしいなって思ったけど、やっぱり近くでみるともっと可愛い。思わず、失礼とは思いつつもじぃっと彼女の顔に魅入ってしまった。

「椎名翼。のひとつ上で今日から二年。といっても、入学は一緒だから大して差はないんだけどね」
「…なんで椎名さん、私の名前知って」
「さっき呼ばれてただろ?三色しかない箱から四色目引くような面白い奴の名前、俺が忘れるわけないじゃん」

にっこり。

あれ、あれれ?この笑顔、ついさっきどこかで見たような記憶がありありとあるよ?いきなり呼び捨てにされたとか、さらりと揶揄われたっぽい台詞なんか追いやられちゃうような素敵スマイル。っていうかこの先輩、絶対誰かさんと同じ属性だ!


「………あれ?」


返答しようと開きかけた口から、自分でも不思議なくらいに素っ頓狂な声が出た。
あれ?ちょ、ちょっとまって?なんか、笑顔の印象に気をとられて、今凄く大切なことを逃した気がするぞ?
「さっき呼ばれてただろ?」。ううん、これは正しい。確かにフルネームで呼ばれていたし、まあ憶えられていても可笑しいって断言はできない。じゃあ、そのあと?「三色しかない箱から四色目引くような面白い奴の名前」?それから?それから、この人はなんて言った?

「俺、って…言いました?」
「は?言ったけど、それがどーかしたわけ?」
「…………お、とこの…子?」
「!! …なるほどね。俺が、女に見えたんだ」

瞬間、背中をぞくぞくぞくと何かが駆け上がっていった気がしたのは、きっと目の前でにこやかに微笑む"彼"の所為だったのだと断言できる。
って、私!そんなこと暢気に考察している場合じゃないだろ!

「すすすすみませんっ!!
 あ、いっ、いえ!そういうわけではなくて、なんというかその、あまりの可愛らしさに見間違えてしまったというか別に女の子と間違えていたわけではなくていや多少は思わないとこがあったわけでもないのですが…いえっ!めっそうもないです、ちゃんと男の子に見えますはい!!」
「それ、全然フォローになってねぇし。っていうかむしろ逆だろ」

焦った中で精一杯に声を落として(ここで大声出したら、今度こそ怒られる!)喋る私を見て、椎名さんの隣に座ってた色黒の男の子がぷっと吹き出しながら言った(こっちは絶対男の子!)

「そっそんなこと言わないでよ!こっちは必死に弁明を…」
「つまりは実際に俺が女に見えたわけね」
「それは…!ほ、ほんの少し…だけ。すみません…」

ああ、私ってば何たる失態。人の性別を間違えてしまうなんて、さっきみたいに初対面で思いっきり投げ技食らわすより、絶対に失礼だ。しかも同じ寮の人と初っ端から険悪になるなんて、私もっと普通の学園生活をしたかったのに!寮生活がギスギスなんて絶対にいやなのにいぃーー!!

「……ははっ!」
「……………え?」
「あんた、やっぱり面白い奴だわ。くくっ…そこまで必死に落ち込むことも、ないと思うけどね」
「え…?あ、あのー」
「安心していいよ、別にが気にするほど怒ってないから」
「そーそー。どーせ翼にとっては、日常茶飯事だからな」
「煩いよ、柾輝」

…これって、とりあえず許してもらえたってことなんでしょうか?
な、なんて心が広い人なんだこの椎名さんって人…!私だったら絶対男に間違えられたりしたら怒るよ!むしろ一生の恨みぐらいに考えるし!多分これからもこのさきもないけどさ!(っていうか私心狭っ?!)

「あっ、ありがとうございます!椎名さん!」
「あー翼でいいよ。どーせ五年間付き合う仲だしね」
「え、あ…じゃあ、翼さん、で」
「…別に、さんも余計なんだけどね。
 あ、最後の奴、終わったみたいだな」

翼さんの言葉に壇上の方へ目をやれば、一年最後の光宏がテーブルに移動し始めていた。場所は右端。ということは…竹巳と同じ白帝寮だ。な、なんてことだ?!最後の一枚が黄色だったなんて!私ってばどうしてこんなくじ運がないの?!二分の一の確率なんだから…黄色を引いてよ、この右手!

光宏が席につくのを見送ると、西園寺先生は箱を片付けさせてから私たちの方をぐるりと見渡した。
それに満足したらしく深く一度頷いて、よく通る綺麗な声で話しはじめた。

「一応、どの寮にもほぼ均等に振り分けられたみたいね。寮分けは、入学時に行う以外は基本的には行いません。一年生の子は六年間、二年生の子は五年間。今の寮で過ごすことになるので、寮生同士、しっかり仲良くしてね。
 それじゃあ、ちょっと時間は早いけれどそろそろ最初の夕食にしましょうか。みんな、おなかも減っているでしょう?」

 パチン

西園寺先生が右手の中指と親指を音を立てて鳴らした瞬間、ゴトンと大きな音がして、真っ白なクロスだけが乗っていたテーブルの上が一面、料理の盛られたお皿で埋まった。

「すっ…すごーい!!!」
「なんだ、おまえ魔法見るの初めてなわけ?」
「魔法って…あのゲームとか漫画とかであるやつですか?これって、手品じゃなくて魔法なの?」
「そっ。離れたところからものを転移させる魔法。玲の十八番だからな、これ」
「………あきら?」
「西園寺玲。あの副校長のことだよ」

テーブルの上に現れた料理の上を目でなぞりながら、さも当たり前のことと言わんばかりに翼さんは言った。
西園寺玲、副校長先生。うん、なんだか凜として、すごくぴったりな名前かも。

「でも…いきなり魔法なんていわれても、結構信じられないって言うかなんていうか」
「安心しな。どーせ自分でも使えるようになるから、すぐにでも信じるようになるさ」
「えっ!私も使えるんですか?!」
「そんなことも知らないわけ?、もしかしておまえ郷出じゃないのか?」

あーもう、また言われたよ。列車に乗ってから、何度問われたかわからない言葉に自然と眉が寄る。だけど、そんなにベアリエントの世界では"郷"ってが出身じゃない人は珍しいのかな。そもそも"郷"っていったい何?あとで、竹巳に逢えたら聞いてみよう。

「そうですけど…私、つい先日まで地元の中学に通ってましたから」
「なるほどね。じゃあ、無知でも当然ってわけか。
 ベアリエントはさ、人間と違って体内で"マナ"って力を構成できるんだよ。そのマナを使って"魔法"が使えるってわけ。だから、俺らだけに与えられた特別な能力ってわけだね」
「へえ…ベアリエントって、そんな特典があったんですねー」
「特典…なんか、その表現かなり間違ってる気がするけど…まあ、そんなところなのかなぁ」

やや最後のあたりで言葉を濁された感がありますが、どうやら私の解釈で大まかにはあっているようでした。
でも、魔法なんていきなり言われても、やっぱり素直に鵜呑みになんてできないよね。凄いって思うし、小さい頃は「もしも魔法が使えたら」って考えなかったわけじゃなかったけど…実際に確かなものとして現れると、「はい、そうですか」なんて受け取り難い気がしちゃう。
そういえば、さっき光宏も手も何にも使わないで鳴海って人のこと壁に叩きつけてたっけ?もしかしてあれも魔法なのかな?西園寺先生たちの声がものすごくよく通るのも魔法のひとつだったりして?


「それじゃあ、みなさん近くのグラスを持って」


先生たちもいつのまにか現れたテーブルの前にしっかり着席をしていて、手に少し大きめのガラスのコップを持っていた。
先生が言ったとおり、私の斜め前にもちゃんと同じグラスが置いてあった。中身はオレンジ色のジュース。翼さんに急かされて、私もそれを手に持った。


「皆さんの入学と、学園の開校を祝って ―――――― 乾杯っ!」


西園寺先生の掛け声と同時に、コップの音が部屋いっぱいに広がった。


チリンと響くはじまりの音
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