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「初めまして、みなさん。副校長の西園寺です」 にっこり。 バスガイドさん並にハイテンションな先生に連れられて入った、想像を遥かに越えたスケールの室内で(シャンデリア釣り下がってるよ!)、他よりも一段高くなった壇上で微笑んだのは、とても綺麗で若い女の人だった。 柔らかくて優しそうな微笑みはすっごく綺麗で、それでなくても西園寺、と名乗った副校長先生はめちゃくちゃ美人で(尊敬だ!)あの人に微笑まれたらなんだって言うこと聞いちゃう!って威圧感ていうのかな。そういうのまで感じさせちゃう美人ぶりに目を放すことができなかった。そういえば竹巳も誠二もふたりの先輩も顔立ち整ってたし…もしかして、ベアリエントって先天的に美人率高し、なんだろうか。 「そんなに畏まらないで、リラックスして聞いてちょうだいね。一応、これから入学式ということで、簡単な諸注意だけいくつかお話します。それが終わったら、すぐに寮分けをして、詳しいことは寮監督の先生から、ということになります。そのほうが、みなさんとしても気が楽でしょうしね」 あぁ、なんか。きっと私たち子供の考えなんてお見通しなんだな、って思いました。 首を少し傾けて微笑ってる先生からは、できる限り私たち生徒が気楽で楽しくいられるようにと考えてくれている気遣いがひしひしと伝わってきた。普通の学校でなら入学式とかで延々と校長先生の話とか、地域代表の言葉とか、主席より一言とか(試験がないからそれは無理か)があるんだろうけど、そういう肩肘張らなきゃいけないこと全部抜きにして、早く私たちを休ませようって考えてくれてる。寮生活のある学校って、みんなこうなんだろうか。ううん、きっと違うよね。あの人だから、そう考えてくれてるんだって、なんとなく思った。 「なんか、いい先生みたいだね」 ひそひそと、隣の竹巳に小声で言った。竹巳は、ちょっと困ったような顔をしてから 「人は見た目で判断しちゃダメだよ、」 と真面目に告げた。 見た目って…そりゃ、あの人はめっさ美人だけど。私がいい先生だと思ったのはその部分だけじゃないんだけどな。 そう、口にしようと思ったけれど、これまで色々話をしてきた中から、竹巳はこんな簡単なことに気付かないような人じゃないと思ったから、「見た目」でという言葉にもっと別の意味があるのかもしれない、なんて考えが不意に頭を過ぎった。 竹巳は、やっぱり私が思うより何倍も意味深だ。 「それじゃあ、続きを。雨宮先生、お願いね」 「はい、副校長。新入生のみなさん、こんにちは。種族学担当の雨宮東吾です」 西園寺先生に代わって壇上にあがったのは、またも随分と若く見える眼鏡をかけた優しそうな男の先生だった。 あれ?この声、なんかどっかで聞いたことある気が… 「電車の中で流れた、放送してた人だね」 「あっ、そうか」 私の心境を見抜いてか、竹巳がこっそり教えてくれる。そういえば、香取先生のストッパーみたいなことしてたのがこの声だったっけ。ボーナスがどうとか、結構シビアな話をしていたような記憶がある。 「ん…?」 「どうかした、」 「あ、ううん。なんでもないっ」 ふと、さっきの西園寺先生も今の雨宮先生も、マイクのような声を大きくさせるような機械を何も持っていないことが気になった。これだけ広い部屋で、これだけ距離が開いててちゃんと聞こえるなんて、なんか不思議だ。でも、不思議といっても大した内容でもないし、現在進行形で雨宮先生は説明中だから、竹巳に尋ねるのは止めておいた。もしかしたら、服に小さなマイクを付けているのかもしれないし。 「みんなも知ってるとおり、この学校はベアリエントの子供だけが通う専門学校みたいなものです。もちろん、授業も普通の人間の学校とはいろいろ違うところがあるけど、それでもメインはやっぱり勉強だから、みんなサボらないようにしてくださいね。 諸注意、と言っても…細かいことは後々寮の方で説明があるだろうからたいしたことはないんだけど、とりあえずひとつだけ」 穏やかで親しみやすそうな口調で話していた雨宮先生が、一呼吸するようにそこで言葉を区切った。 ちょっとだけ、嫌な胸騒ぎがしてこわかった。きっと、先生があまりにも真面目な顔でこっちを見てるからだ。私のことをみてるわけじゃないのに、真っ黒な眼がこっちをみているような、そんな妙な感覚が心臓をぐしゃりと握ってくるような。きょうふかん。どくん。頭のどこかで心臓が鳴いた。 「ここで、いくらベアリエントと人間の勉強をしたからといって、君たちがベアリエント以外になれるわけではありません。卒業した後、きっと人間社会で暮らす人もいるでしょう。そうでない人たちも同様ですが…決して、人間を侮って、自分がそれと変わらないと思ってはいけません。自分が彼らより勝っていると勘違いしてはいけません。 それだけは、その学校に通う上での、最低限の心がけになります」 ごくん どこかで誰かが、そんな音をたてて息を呑んだ。 雨宮先生が「以上です」と軽くお辞儀をして壇上から去ったのを合図に、周囲でざわめきが溢れ出す。緊張の糸が切れたのか、それとも逆に緊張をほぐそうとしてるのか。私にはわからないけれど、なんとなく、慣れ親しんだ雰囲気が溢れてきて少しだけ私の不安も消えてくような気がした。 慣れ親しんだ。うん、そう。 これまで通ってきた学校で味わってきた雰囲気と、なにひとつ変わらない空気が、私の心をほぐしていた。たった今、「ちがう」と言われたはずなのに。 ちょうど、そのときだった。 部屋の中にいる新入生みんながまわりの知り合いと話をしだして、周囲への注意が散漫としてきたその瞬間。 私たちのすぐ横で、大鐘を叩いたみたいな凄い大きな声が、叫びをあげた。 「テメェ!!もういっぺん言ってみろ!!!」 声の主は、明るい茶髪(むしろオレンジかも)の少年だった。渋沢さん並に身長があってガタイが良くて。多分、私より歳上なんだろう。顔も老けてるし。っていうか、アレで同い年だったら私はサバ読みを間違いなく疑う。 「図体ばっかデカイ木偶には理解できなかったってか?聞きたきゃ、何度だって言ってやるよ。お前如きじゃ、人間に狩られておしまいだな、って言ったんだよっ!」 その人と対峙しているのは、彼よりも十センチくらい小さな黒髪の少年。少しキツイ眼と、相手を見上げているときの表情が印象的だった。たぶん、彼も年上だと思う。別に、はっきりとした理由があったわけじゃない。ただ、私と彼とが同い年だとしたら、なんだか彼に失礼なような気がしただけだ。 子供の無邪気な狂気の中で、淋しそうなギリリとした瞳が、私とは違うように見えただけ。 「てっめェッ!!」 黒髪のお兄さんの言葉にぶち切れたらしい、茶髪のお兄さん。周囲を囲んでる(といっても最後尾だから四方じゃないけど)人たちはみんな、それが蚊帳の外のことみたいに関係ない、って顔して傍観してる。 ………そういうの、私ダメなんだよね。 「! ちょ、ッ!!」 竹巳の静止の声も聞かないで、私は駆け足で2人に近づく。 そのときには、もうすでに茶髪のお兄さんが自分の右腕を力任せに振りかぶっていたときだった。相手のお兄さんも、しっかり受けの体制をとっている。もうちょっと、冷静になったほうが良いと思うよ、おふたりさん。昔からよくいうでしょ?何事も、第一印象が大切、だって。 「しつれいっ!」 「わっ」 「うがっ!!」 ズベシッ! 室内の響いたのは、お互いが殴りあうような鈍い音じゃなくて、床に何かが叩きつけられたような重い音。足元には、顔面から倒れこんでる茶髪のお兄さんと、仰向けで受身を取ってる黒髪のお兄さん。 それから唯一その場で立ってるのが、彼らの片方に足をかけて転ばせて、もう片方を片手で投げた私だった。 「喧嘩両成敗。これで少しは、頭冷えました?」 口先だけで笑って、言った。今の私、絶対性格悪いなあ。第一印象くらい良くしたかったのに。結局今日も、先人の言を実行できないのは他の誰でもない、私だったらしい。 「な…ッ」 搾り出したようなか細い声をあげ、茶髪のお兄さんが鼻を抑えながらゆっくりと立ち上がる。 ごめんなさい、お兄さん。心の中で必死になって謝った。多分っていうか絶対痛かったよね。でも、もうちょっと体庇うとかしてくれるかな、って思ってたんだけど。 「何しやがる、テメェ!!」 うわっ!ダメだ、やっぱり。心の中で謝っても、伝わりっこなかったよ!(当たり前だけど!)思いっきり怒っていらっしゃいますね、このお人! 「でっ、でもさ、喧嘩両成敗だしね?ね?あっちのお兄さんは受身取っただけだから」 「そういう問題じゃねェ!女だったら女らしく黙ってりゃいいんだよ!!出しゃばってくんじゃねぇ!」 顔を真っ赤にした彼は、そう叫びながらまた拳を振り上げた。 ――――――― 殴られる そう、頭で判断したときには、避けられないくらいに彼の握りこぶしが私に近づいていた。 入学早々?私って、本当についてないっていうか馬鹿みたいっていうか。 「!!」 「鳴海!止めろ!」 私の名前を呼んでる竹巳の声と、目の前のお兄さんを鳴海と呼ぶ声とが木霊する。 ああ、殴られる。痛いんだよね、グーで叩かれるのって。なんて、スローモーションの世界の中で考えてた。何が悪かったのかとか、どこで間違えたのかとか。考えてみたけど、たぶん四回くらい今の場面を繰り返しても、私はおんなじ行方を選ぶんだろうと思うと、仕方ないかなって何故か納得してしまう。 五回目だったらどうなってたかな。そう、凪いだ心で考えていたら、ふたり分の呼び声の中で、小さな小さな呟きが、何故かはっきりと聞こえた気がした。 『風式』 刹那だった。 "鳴海"の大きな体が、風に舞う木の葉みたいにふわりと浮いてそのまま壁に激突する。 誰もが、いったい何が起こったのかわからないみたいに呆けていて、当の私も「鳴海って人、さっきから災難だな」とか妙なことを考えていた。 でも、これって夢じゃないよね。 私のことを殴ろうとしていた彼が浮いたのも事実で、それを起こしたであろう声の主に心当たりがあるのも事実。 でも、なんであいつの声がしたんだろう? 「」 ほんの少し躊躇ってから、私は鳴海から視線を外して振り返る。 見覚えのある姿。というよりも、ほんの数週間前までは、毎日のように笑いあっていた奴。まだ小学生だったころから、やけに生意気に笑ってて、年上の男子の先輩からは睨まれてて女子の人には騒がれてて。中学に入ってからは密かにファンクラブとかもできてたらしい(漫画の中だけじゃないんだって、かなりびっくりした) そんな、私の――――――――小さい頃からの友達。 「みつ…ひろ?」 なにひとつかわらないままに、そいつはにこりと笑ってた。 |