「はいはーい!新入生のみなさん、ちゃんとそろってますかー?電車に忘れ物した人とか、いませんね?それじゃあ、今から入学式をやる広間まで行くから、しっかり先生についてきてねー」

それは、列車の中で聞いたあの放送の(テンションの高い)声と同じものだった。
小学生の時に行った修学旅行のバスガイドさんも目じゃないくらいの張りきりよう(私たちのクラスの担当だったガイドさんは何かというとクイズ形式にしたがるちょっと変わった人だった)がちょっと目に痛い。だけど、あの人が先生って名乗ってて、ついてこいって言ってる以上ついて行かなきゃいけないんだよね…なんとなく、手に持った荷物が重くなったような気がした。

「で、でかいね…」
「うん、そうだね」

そうだね、って竹巳さん。あなたなんでそんなに落ち着いていられるんですか!
見たことないくらい背の高い門と、その奥に見えるこれまた今まで見たことないくらい大きな大きな建物をみて、さらっと落ち着いていられる竹巳に心の中で思いっきり叫ぶ。
目の前の建物は、一言で言うならば"お城"だった。
某黒鼠のいる遊園地のシンボルになってるようなタイプのお城じゃなくて、要塞とかそういう言葉が似合いそうな感じのお城。大きな、教会と言ってもいいかもしれない。
正面入り口の側面をやや高めのレンガの塀が囲んでいて、奥に見える森とのちょうど中間あたりグレーに近い茶色のレンガでできたそれが建っている。私…なにか物語の世界に入り込んだ、とかってわけじゃないよね。

「こんなの…私見たことないよ」
「確かに日本じゃあんまりないよね、こういうの」
「竹巳は見たことあるの?」
「いや、俺も直接はないけど、こういうのだってことは話に聴いてたし、写真でも見てたから」

そっか、そうなんだよね。
竹巳とか渋沢さんとかは、"郷"っていうところの出らしいから(ぶっちゃけ"郷"がなにかもよくわからないけど)いろいろ私の知らないこと知ってても当然なんだそうだ。やっぱり…このベアリエント、って世界の中だと、私は世間知らずってことになるらしい。"郷"のこともしらないし、この学校がどういうものなのか教えてくれる人もいなかったし。そもそも、ベアリエントのことだって、なにひとつわかってない。
これから大変そうだな、とひっそりと重たい息を吐き出した直後、ふと頭の中に今朝方お母さんと交わした会話の内容が浮かんだ。


「でもでも…ああ、お母さん心配だわ。今年から再開なんでしょう、その学校」


そうだ。この学校って今年から開校なんじゃなかったっけ。確か…私たちのひとつ上、つまり渋沢さんとか三上さんたちが一期生だって入学案内に書いてあったような。

「ね、ね、竹巳」
「どうしたの、
「この学校ってさ、今年から開校なんじゃなかったっけ?」
「うん、そうだったはずだけど。それがどうかした?」
「だって、竹巳ってこの学校のこと"郷"で聞いてきたんでしょ?どうして今年からの学校のことに詳しい人がいるの?」
「あ、そうか。言ってなかったっけ」

何から何まで、さっきから竹巳に聞いてばかりな気がするけど…仕方ないよね、うん。だって、本当に私は知らないことばかりだから。知らないままでいるよりも、教えてもらえるのなら私はちょっとでも知りたいと思う。…それが竹巳の迷惑になってたら、問題だとは思うけどね。
だけど竹巳は、私の質問にどこかはにかんだような笑顔を浮かべて応えてくれた。

「この学校、昔はちゃんと学校として機能していたんだよ。なんでも…二十年くらい前に事情があって、休校、っていうか廃校になったらしいんだけどね。
 その後、日本人のベアリエントは海外の学校に留学っていう形で受け入れてもらってたらしいんだけど…日本ってさ、ベアリエントの発生率が他の国より高いから。やっぱり学校をもう一度開くべきだって声が多かったらしいよ。それで、今年からまた心機一転再開、ってことになったんだって」
「へー…ベアリエントにも、いろいろあるんだね」
「そういうだって、もうベアリエントだろ」
「あ、そっか」

いかんいかん。なんだかまだまだ私は自分が人間気分でいるみたいだぞ。もうちょっと、ベアリエントとしての自覚を持たなければ(ベアリエントとしての自覚がなんなのかはわからないけどね!)

「…あのさ、竹巳」
「ん。どうしたの?」
「私さ、ベアリエントのこと、自分のことだけどわかんらないことだらけだから、竹巳が嫌じゃなかったら…いろいろまた聞いてもいいかな?」
「俺にわかる範囲ならね」

ひそひそ声で尋ねたら、竹巳は柔らかく微笑んで承諾してくれる。竹巳はやっぱりいい人だ。怒らせると怖いけど、やっぱりそんなもの全部忘れてしまうくらい優しいんだって、逢ったばかりだけど実感した。だって、竹巳はこんなにあったかく笑ってくれるから。
「ありがとう」とちょっと照れくさい気持ちで返事をしたら、竹巳は変わらぬ素振りで「どういたしまして」と言ってくれた。





ざっと見た限り五、六十人はいるんじゃないかという団体の最後尾についた私は、首を回して周囲を見渡しながらそれについていった。
眼の中に入ってくる景色はやっぱり見たことのないものばかりで、どちからというとこの学校は西洋の雰囲気を多く取り入れているんだなとちょっと驚いてみたり。なんというか、やっぱり学校って言うくらいだからこれまで通っていた中学校みたいなものなのかな、と想像していたから全然違う外観に正直戸惑わずにはいられなかった。
ふと視線を前の人たちに動かして、新入生の後姿に興味を向ける。 後姿からじゃ、どんな人たちがいるのか全然判別はできなかったけれど茶色い頭だったり真っ黒い頭だったり、みんなそれぞれが結構個性的で観察していて飽きることはなかった(中学生であれだけカラフルなのもどうかと思うけど)
でも、とりあえずひとつだけ。すごく、不思議に思ったことがあった。

「みんな…普通だね」
「え?普通って何が?」
「うん。みんな、外見はちゃんと人間なんだなーって」

今までの誠二とか竹巳とかの反応から、なんとなく予想はしていた。だけど、自分みたいに"普通と違う"外見の人がいないって事実が、やっぱり少しだけ寂しい。ひとりでも仲間がいたら、まったく同じでなくてもいい、少しでも似通った人がいたら―――――この気持ちも、消え去ったかもしれなかったのに。
竹巳は前の集団に目をやって、納得したようにに「ああ」と小さく頷く。それから、少し申し訳なさそうに小さな声で呟いた。

「猫耳族は、もう絶滅したって言われてるから」
「でも…私はそれなんだよね?電車の中で誠二が言ってたし」
「うん。が猫族だったら、俺がわかるはずだし…たぶん、は猫耳族なんだと思うよ」
「竹巳には、わかるの?そういうの」
「別に、俺だからわかるってわけじゃないよ。
 ベアリエントには…いろいろな種族がいるってのは知ってる?の猫耳族とか、誠二の狼族とか」
「種類までは知らないけど….お母さんがそんな感じのこといってた」
のお母さんは、知ってる人なんだね。全部で、二十種類くらいなのかな。正確にはわかってないけど、俺たちは四つの種といくつかの族に分類されてるんだ。その中の、族同士はどうしてかわからないけど同じ族同士で反応しあう。共振…っていえばわかりやすいかな。
 だから、もしが猫族だったら猫族の俺には解るはずなんだよ。でも、俺はに逢ってもなにも感じなかった。ってことは、は猫族じゃないってことなんだ。猫族以外で猫耳の生えそうな族は猫耳族くらいしかないからね」

竹巳の話してくれた内容を必死で理解しようと頭をフル回転させてみたけど、それ全部噛み砕いて納得するには私には難しすぎて、気付けば眉の間に妙に力が入っていた。
私の理解力が足りないのか、それとも話が荒唐無稽すぎるのか。頬を少し膨らませて悩んでいたら、気付いた竹巳が「みんなといれば、自然とわかるよ」と優しく慰めてくれる。ほんと、竹巳はいい人だ。
とりあえず、竹巳の話が本当なら(っていうか、竹巳は嘘つかなそうだけど)私は猫耳族ってことになるんだろう。しかもしかも、それが絶滅してるっていうのなら、私は最後の生き残り?うわっ、めちゃくちゃ貴重なんだ!

「私って…もしかして、超貴重?」
「そういうことになるかもね」
「高く売れるかな?」
「…どこに売るの?」

いや、ちょっとそこらへんのペットショップとか?むしろ売る前に、新種発見とか言って見世物にされるがオチか。
冗談半分そんなことを口にして、私は自分のバッグの紐につけておいた帽子を深めにかぶった。

「隠しちゃうの?」
「うん。やっぱり、初っ端から目立ちたくないし」
「可愛いのに」
「…あんまり嬉しくない」

ぶかぶか帽子を深くかぶれば、耳も顔の半分もしっかりと隠してくれる。視界はちょっと悪くなるけど、これくらいはしょうがないよね。

竹巳と会話をしていたから気がつかなかったけど、いつのまにか私たちはお城と称した校内(たぶん校内…城内ではないはずだ)にすでに入っていて、私たちは長いグレーの廊下をカツカツ音を鳴らしながら歩いていた。
そのまま廊下をしばらく進むと、前の人たちの足が急に止まった。目の前の渋沢さんの背中にぶつかりそうになったのをなんとか踏ん張って我慢して留まる。
止まった集団の正面には、一番後ろにいる私からでも背伸びせずに確認できるくらい大きな扉があった。こまかな細工とかがびっしり施されていて、値段も年季も洒落にならなそうだ。

「新入生のみなさん、いいですか?この奥が食堂兼大広間兼講堂になってます。簡単に言っちゃえば、みんなが集る場所ってことね。
 中にテーブルと椅子があるけど、とりあえずそれには着かないでまずは先生の後についてきてね」

やや声の大きさを落として、女の先生は言った。
そして、それが終わると同時に小さな軋みをたてて、扉が奥へと開いていった。


きみだけのしるし
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