くい くい  くいくいくい


「でもほんとにすっごいなー!俺、猫耳なんて初めて見た!」

ふふふふうふふ…そうだろうね、そうだろうよ。当の本人の私だって、猫耳初見からまだ一週間と経ってないし。人間さんでこんな意味不明なものを日常的に見たことありますって人がいたら、私即行で逃げ出すし。「アナタ、目に自信はおありですか?」って真顔で聞いちゃうね、絶対に!

「すっげーふさふさー!!」

 くい くい

「おっもしれーっ!!」とにこにこ満面笑顔で隣に座った彼は、なおも私の耳を引っ張った。
ほんの数分前にこの車両に移ってきた彼ら。今、隣で耳を楽しげに引っ張ってる泣きぼくろの男の子に、私の正面に座ってる三白眼な彼、それから通路挟んだ隣の座席に座ってる先輩らしき少年二人は、何故か知らないが他にもいっぱい席が空いてるくせに、こんな近くにわざわざ座っている。いや、別にどこに座ろうと個人の勝手だから、私にとやかく言えることじゃないんだけど。「隣に座らないでください」って札を立ててたわけでもないし。でもさ、でも。

「隣に座るのに…一言くらい断りいれろっての」
「えっ?なんか言った?」
「別に」
「そう?あ!俺、藤代誠二って言うんだ!!君は君は?」
「…
ちゃんかーよろしくね!」

うわっ、いきなり名前!?しかもちゃん付け!同年代の男の子にそんな呼び方されたの、保育園の時以来だよ!

「ねーねーちゃん!」
「……なに?」
ちゃんってさ、やっぱり猫耳族なの?それとも猫族?」
「は…?」

ねこみみぞく?ねこぞく?何ですか、それは。
クエスチョンマークを頭に幾つも浮かべる私に気付いてくれたのか、きょとんと目を丸くさせて藤代誠二くんは「あれ?」と首を捻った。

ちゃん、もしかして"郷出"じゃないの?」
「さと、で…?なにそれ」
「うそっ!?こんな目立つ耳なのに、人間社会で過ごしてたの!?」
「誠二、もう少し声のボリュームを落として」
「でもでも竹巳!絶対おかしいじゃん、それ!!だってちゃん猫耳だよ、ねこみみ!!」

何度も何度も「猫耳」と叫ばれて、いい加減に耳を塞ぎたくなってくる。大体、私はこの耳を無条件で気に入ってるわけじゃない。猫耳愛好家の人には悪いかもしれないが、レプリカを付けるならまだしも実際の耳が変化してしまうなんて、正直悪夢みたいなものだと思う。さすがにもう、受け入れてはいるけどさ。
必死に猫耳がどうのと訴えかけることで藤代誠二くんの意識が正面の男の子に集中したせいか、彼はやっと私の耳を引っ張るのをやめてくれた。他人に耳引っ張られるなんて経験、今までなかったから知らなかったけど…めちゃくちゃくすぐったいんだ、これ!こそばゆいっていうか、むずむずするっていうか!!とにかく気分がいいもんじゃないんだよ!藤代誠二くんは楽しいみたいだけどさっ!!
そんな、ある意味非常識な藤代誠二くんと違い、竹巳と呼ばれた男の子はかなり常識がある人のようだった。 電車の中で煩くしてる彼を注意もするし、何度か「嫌がってるからやめなよ」と、止めにはいってもくれたし(藤代くんがやめなかったけど)
ただ唯一、彼について私が疑惑を感じずにはいられない点があるとすれば、それは…


「………(ちらっ)」
「っ!!」
「…あのー」
「っ…(ぷい)」


な ん な ん で す か ー ! !

さっきから目を合わせようとすると思いっきりマッハな勢いでそらされているんですけど!
あなた、私のこと嫌いですか?それとも何か変なものでもついてますか?ついてるけどさ!

「えっと…竹巳くん、だったっけ?」
「あー竹巳ばっかずっけー!俺のことまだ一回も呼んでくれてないくせにー」
「(ムシムシ)きみ…なんで私から目そらすの?」

単刀直入。なんでもかんでもこれで解決できるわけじゃないけど、自分の性格上これ以外の方法が中々選べなかったりする。猪突猛進とよく言われるし、それなりに損も経験したことあるけれど、それとおんなじだけの得を経験しているから、なんだかんだとやめられないのだ。
窓のほうに目をやっていた竹巳くん(苗字知らないからこれで許して)は、名前を呼んでじっと見つめていると、視線だけでこちらを向いた。でも、私と目があうとまたすぐに外に瞳を逸らす。

「あのさ…まだ逢って間もないんだけど、私何かしたかな。一応、きみも藤代くんも新入生でしょ?私としては、仲良くしたいなー、と思ってるんだけど」
「誠二でいーよ!」
「きみはあとで」

仲良くしたい、っていうのは本音だ。知り合いがいない以上、少しでも多く早く友達をつくりたいと考えるのは、おそらく人間じゃないとは言えど極自然な考えだと思う。…まぁ、中学時代の私が友達多いほうだったかと聞かれると、正直なんとも言い難いものがあるっちゃあるんだけど…今回は未だに自分が「ベアリエント」ってことに慣れてないし、できることなら共有できる仲間がひとりでも多くほしい。
だから、偶然とはいえこうして学校に着く前に知り合えたわけだから。藤代くんもそうだけど、話の合いそうな竹巳くんとも仲良くなっておきたいと、切実に思うわけだ。

「竹巳、くん?」
「……ごめんっ」
「えっ、えっ?な、ななんで謝ってくるの!?」

ふう、と小さく息をつくと、竹巳くんはやっと顔ごとこちらを向いた。
ちょっと眉尻が下がっていて、面持ちは不安そうだ。けれどそれは、どちらかというと私に対しての感情ではないように受け取れた。恐怖とか怖気とかそういうものじゃなくて、私達が日常で、いつだって感じているような些細な不安感。たとえば「この話であいつは笑ってくれるかな」とか、「昨日変なコト言っちゃったけど、気にしてないか」とか。そんな、ちっぽけだけどすごく大切な、小さな気持ち。

「あのさ…俺、基本的にずっと郷で育ってたから。年の近い女の子に、逢ったことなくて…だから、その…」
「竹巳、照れてただけなんだよな!」
「誠二!!」
「照れて、って…私なんか相手に?」

思わず、自分のことを自分で指差してしまいました。
つまりつまり、あれですか?年頃の女の子が珍しいから、どう接していいのかわかんなくて戸惑ってた、ってだけなんですか?じゃあ、私が嫌われてたり、変なもの(耳のぞく)ついてたり、ってわけじゃないんですね!

「…よかったー私、初対面で思いっきり嫌われたのかと思ってた」
「そんなことない。その耳に驚きはしたけど、誠二の相手をまともにしてくれるような子を、嫌いになんかなったりしないよ」
「なんで俺が基準なのさ」
「普通、誠二にあんな失礼な態度取られたら、一歩も二歩も引きたくなるだろ」
「確かにそうかも。藤代くん、結構強引だったし」
「でしょ」
「…なんか、竹巳も佐倉ちゃんもひどい」

藤代くんのそんな頼りなさげな態度があんまり彼の外見に似合ってないから、私と竹巳くんは思わずぷっと笑ってしまった。竹巳くんは、笑うとちょっと幼く見えて可愛かった。

「あ、改めて自己紹介。俺は笠井竹巳。竹巳でいいよ。"くん"なんてつけられると、なんかくすぐったいからさ」
「私は。どうせ藤代くん…じゃなかった。誠二くんだっけ?彼にも呼ばれてるから、でいいよ」
「わかった。これからよろしく、
「こちらこそよろしくね、竹巳、誠二!」
「よろしくー!!」

交互に握手して、私たちはもう一度笑いあった。
ふと気が付けば、車窓の景色の端に大きな建物の頭が見えた。いつのまにか、列車の旅も終わりに近づいていたらしい。


通学列車の車内より
back:::top:::next