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「よっ、と!」 体が宙に投げ出されたような感覚が、一瞬。 それに気付いたときには、もう足が地面を感じてた。 「うわ…なんか、すっご」 顔をあげて目の前の光景を確認したら、自然とそんな言葉が口から零れていた。 たどり着いたのは、まるで雪でも敷き詰めたみたいな真っ白いコンクリートで出来た駅のホーム。 私が住んでた町の最寄駅(ちなみに名前を山咲という)は無人駅、とまではいかないまでも、かなり小さい規模の駅だったし(未だに自動改札機が二台しかない)(入る方と出るほうで一台ずつだ)足元だってもっと灰色みがかっていて、こんなに綺麗じゃなかった。白線とか、黒ずんでるところもあったし。 それに比べて、この駅はびっくりするくらい綺麗だ。ぐるっと見渡してもゴミのひとつも見つからないし、こんなに広い意味あるの、ってくらいに縦にも横にも伸びてるし。でも、こんな広い駅に私以外に人がいないってのはちょっと切ない。これだけ大きく造るんなら、もっとたくさんの人が使ってないと勿体ないんじゃ…とか思うのは、私だけなんだろうか。 「………あ」 きょろきょろと周囲を見回していたら、ホームの先端のほう(きっと、今私がいる場所は出入り口付近なんだろう)に四両編成の黒い列車がとまっているのに気付いた。列車、と言うか…汽車?小さい頃に絵本や漫画でみたような、先頭車両から煙がでるタイプのあれだ。 「あれ…乗るのかな?」 駆け寄ってみると、先頭車両に近い窓から人の影がちらほらと見える。そういえば、時間ギリギリだったんだっけ。だからホームに人がいなかったんだ。みんな、乗り込んじゃったあとだった、ってわけね。 ジリリリリリリリリリ―――――― なるほど、と勝手に自分で納得したとたん、ホームに目覚し時計みたいな音が響いた。 なんだか、電車の発車ベルに似てるなあ。 私の考えに呼応するかのように、シューと細い管を空気が抜ける音が列車全体を包み込むように鳴り出して、いくつもの空気穴から白い蒸気が吹き出し始める。これってもしかしなくても、確実に発車する直前、ってヤツ? 「うわっ!?待って待って!!乗ります乗りまーすっ!!!」 そういえば、つい最近もこうやって全速力でダッシュした記憶があるような。大慌てな身体とは別に、頭のどこか冷めた部分がそんなことを考えてた。 いくら出発の合図が鳴ったからって、発車の準備に入ったからって、列車は急には動かない。多少大きな荷物を持ったまま走っても、私は余裕で最後尾のデッキに飛び乗ることができた。とりあえず、乗り遅れるという大失態だけはしなくてすんだわけだ。そう思った途端、理性や思考とは一切関係のない感情が、ほっと大きな息を吐き出した。それとほぼ同時に、体がぐわんと左右に揺れる。驚いて、近くのポールに反射的につかまった。どうやら、列車が動き出したらしい。 「かなりギリギリ…私ってほんと、落ち着きないなあ」 小さい頃から、親兄弟・幼馴染含め幾度となく言われてることなのに、自分で言うと更に空しくなるのはどうしてだろう。ゆっくり、そしてどんどんスピードをあげて、うしろに流れていく見知らぬ風景を横目にそんなことを思っていたら、なんだか無性に気持ちが沈んだ。 走っていく風景は、どうしてこんなに懐かしくて心に沁みていくんだろう。あっという間に消えていく手の届きそうな景色と、少しずつ流れていく遠くの風景。どっちも綺麗なのに、どっちも絶対に触れられない。それが、妙に寂しさを誘うのだ。 あんまり深く考えてると、さらに深みにはまりそうだったから、思考を切り変えて背中のドアに手をかける。風ばかり強いデッキから、きっちり温度も造られた車内に足を向けた。 列車の中は想像していたよりも随分と綺麗な造りをしていた。 柔らかそうな茶褐色のボックス席が縦に二列ずらーっと並んでいて、中央には台車一台が通れるくらいの通路が向こう側の扉まで続いてた。 どうやら最後尾の車両をわざわざ選んで乗るような人がいないらしく、私の視界には人っ子ひとり見当たらない。…私だったら絶対一番前か一番後ろに乗るんだけどなあ。前から乗らなきゃ行けないって決まりでもあったのか、ってくらいすっからかん。ここまでくると、逆に間違えちゃったんじゃないかって不安になってしまう。 他の車両に移ろうかな、とほんの少しだけ悩んだけれど、立ち入り禁止の札があったわけでもないしと理由付けして、すぐ側の席に荷物を置いて、窓側の座席に腰をおろした。ついでに、被りっぱなしだった帽子もとる。小説とかなら、ここで「帽子にしまっていた髪の毛が…」とかってなるんだろうけど、私の場合は違うわけで。っていうか髪の毛帽子に入れるほど長くないし。 帽子を取った瞬間に飛び出したのは、今まで窮屈に詰め込まれていたふたつの耳。ピョコ、と音をたててそれらは自由を得たように斜め上に伸びる。あーなんか複雑な気分だけど…ものすっごく、楽だ。 駅のホームまでの道のりが長かったわけでも、昨日あまり眠れなかったわけでもないけれど。自由を得た耳が感じる解放感と、ずっと張り詰めていた何かがプツンと切れてしまったような感覚が同時にやってきて、私は自然と目蓋を閉じていた。このまま、列車が何処かに到着するまで、眠っちゃおうかな。考えたいことや、したいことがないわけじゃない。何も言わずに出てきてしまった幼馴染や特に仲の良かった友達に、転校することになったってを伝える手紙も書かなきゃならないし、学校に着く前に一度案内を読み返してもおきたかった。 だけど、そんなの全部どうでもいいから。今はとにかく休みたい、そんな気がした。 「手紙…あとで、いいかな」 ふあ、と大きな欠伸を噛み砕いて、うっすら開いた瞳で窓の外を細く眺める。ガタゴトと、規則正しいリズムで揺れる車体が、本当にゆりかごみたいで眠気を誘った。 あ…そろそろ寝れそう。無意識に、そう感じた時だった。 ガラッ!! 「うわーっ!!!先輩、先輩っ!!こっちの車両、ガラガラっスよ!!」 ドキリ。 その瞬間、私の心臓はそんな音で鳴いた。 「煩せぇ、バカ代!!そんな叫んでんじゃねぇっ!」 「うわー!やっぱ混み混みよか空いてるほーがいいっすよねー」 「バカ代!!」 「あっ、人の頭はっけーん!!」 「…笠井、どうにかしろ」 「無理です」 眠りに落ちかけた重たい頭を振って、気だるい動きで視線を上げると、四つの頭が先頭車両側のドアの傍にあった。 それから、そのうちのひとつがめちゃくちゃな勢いでこっちに近づいてくる。 「こんにちはーっ!!」 「…………」 「…………」 「…こ、んにち…は?」 曖昧に返事を返したのは、「あれ、実はまだ朝じゃなかったっけ」と突拍子もないことを考えてしまったせいだ。と信じたかった。間違っても、目の前の男の子に見惚れた所為じゃない。いや、確かに妙に顔立ちの整った男の子だったけど!あいつばりにもてそう、とか思っちゃったけど!! しかしながら、私のそんなささやかで下らない思考回路は、彼の次の言葉によって、夏の雪の如く一瞬にしてかき消されてしまった。 「―――――――― ねっ、猫耳ーーーっ!!!!!!」 ぐわんぐわんぐわん。 あまりの大声に、頭が鐘で叩かれたみたいだった。っていうか…この声、絶対他の車両にも聞こえてる。確実に聞こえてる。は…恥かしすぎる…!! 「誠二!!お前少しは静かにするってこと…っ」 私のすぐ横で、どちらかというと嬉しそうに大声をあげた少年に次いで、またひとり男の子がやってくる。彼は、誠二と呼ばれた男の子の影から顔を出して私と視線が合うと、不思議と声を詰まらせた。 一体全体、これはなんの冗談なんだろう。 どんなに疑問の声を心の内で繰り返しても、返事をくれる人は誰一人としていなかった。 |