つか願った景色まで



金魚が我が家の一員になってから四日。はふとした沈黙の度に、水槽に目を向けるようになった。
朝起きたとき。出掛ける前。夕食の最中。ベッドに入る直前。
餌をあげる時だけじゃない、の視線は水槽の中の三匹の金魚に釘付けだ。
飼うようになったばかりの生き物に対して、普段よりも構うようになってしまうのは人の性だろう。それを責めることは俺にはできない。
けれど、小指ほどのサイズの小さな赤い生き物が、の真っ黒な瞳にずっと映りこんでいる。その事実が、胸の奥の奥をぐずぐずと蝕んでいくのに、時間はかからなかった。




「名前、つけたいな」

夜、ベッドの中でがポツリと呟く。
もうすぐにでも眠るつもりだからなのか、瞼はすでに閉じていて、緩んだ口の端がの穏やかな感情を伝えてくる。

「名前って、金魚?」
「うん、そう。だって、もうあの子たちも我が家の一員でしょ?家族だしね」
「家族…ね」
「思ったより、金魚って見分けつくみたいだし。名前つけても、ちゃんと間違えずに呼べそうだよね」

瞼の裏側の暗闇で、今、は何を描いているのか。考えれば考えるほど、俺の内側の何かが凍りついていく。
俺たちの家。二人の場所に、新たに加わった家族。にとっての家族ならば、俺にとっても家族なはずだ。
生き物と家族のように接することに違和感なんてないし、昔、実家で飼っていた犬や猫とは、それこそ兄弟のように過ごしてきた。孫兵のように、亡くした相手を悼む気持ちだって持てる。はずだったのに。

「何にしようかな、名前」

ただ、そこにお前が、絡まなければ。




「ただいまー」

鍵を開けたドアの向こう側、部屋の中はしんと静まり返っていた。確か、今日のバイトは遅番だって言ってたっけ。朝、家を出る前に聞いたの予定を思い返し、薄暗い場所でひとり息を吐く。
こぽり。
不意に聞こえた音に振り返れば、夕闇に染まった部屋の中、浮かび上がる赤い影。ああ、そっか。こいつらが居たんだっけ。水槽に近づいて上から覗き込めば、揺らめく水面の向こう側で、気儘に水をかき分ける三つの姿があった。

「何にしようかな、名前」

水槽の淵に手をかける。ゆらり。少し力を込めただけで傾く不安定なこの小さな世界が崩れたら、こいつらはいったいどうなるんだろう。

「だって、もうあの子たちも我が家の一員でしょ?」

浮かぶのは、瞼を閉じて、眦を弛め、愛おしそうに微笑むの顔。
手の平に籠もる力が、少しずつ強くなる。
揺らいだのは、こいつらの世界だけじゃない。ひどく脆く、ほんの少し異物が紛れ込むだけで壊れてしまう。ガラスのような、薄氷のような、砂塵のような、俺と、あいつの世界。

「…ごめん、な」

だから、ごめんな。
何度も何度も口にして、俺は彼らの世界に手を伸ばした。


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