「そういえば、ハチは動物好きだけど、うちでは何も飼わないんだね」
夕食の後、食器を洗うためにキッチンに立った俺の背中にが言った。
二年前、この部屋で一緒に暮らしはじめた時に二人で決めた約束ごとは三つ。ひとつめは、できるかぎり朝食と夕食は二人で一緒に取ること。ふたつめは、食事を作らなかった側が洗い物を担当すること。
「んーそうだな。実家には結構いるぜ。猫とか、犬とか」
「それから、ウサギに鳥に蛙に魚に…虫だっけ?」
「まあ、そんなとこだな」
「この部屋、小さな動物なら禁止されてないのに、ちょっと意外」
「学校でも実家でも世話してるしなーさすがに手がまわんねぇよ。でも、なんでいきなり?」
「うん。実は友達からさ、金魚飼わない?って聞かれてね。ハチが嫌じゃなければ、飼いたいなーって思ってさ」
それから、最後の約束ごとは、家に関することはなんでも二人で相談して決めること。当たり前のことだけど、どうしたってずっと一緒に居られない以上、そうやって言葉と約束を重ねるしか手段を持てないから、俺たちはいろんなことを話してきた。
今日のこれも、その一環なんだろう。少しだけ、冷たく震えた感情を抑えて、へえ、と相槌を打つ。
「この間の夏祭りの金魚すくいで大量に取ったみたい」
「金魚すくいって…自分で取ったんだったら、最後まで面倒みないとダメだろ」
「うん、それはそうなんだけどね。さすがに水槽のサイズと金魚の数が合わなくて困ってるみたいなの。だから、数匹引き取ってもらいたいんだってさ」
「ふーん」
「面倒は私がみるから。駄目かな」
泡に塗れた食器を水で流す音を聞きながら考える。
この部屋の角、恐らく壁際の棚の上に直方体の水槽を置いて、その中に数匹の赤い金魚を住まわせる。水の中をゆったりと泳ぐ金魚とゆらゆらと揺れる水草は、きっと気分を落ち着かせてくれるだろう。金魚なら、飼育するためにそんなに負担もかからないし、ご近所さんに迷惑がかかるわけでもない。
あ、マズイ。反対する理由が見つからねーや。
全ての食器を流し終え、濡れた手を拭って振り返る。テーブルに大学の課題らしい教科書とルーズリーフを広げたまま、が不安げに俺を見上げていた。
「別にいーんじゃね?金魚ならそんなに構わなくても飼えるしな」
「ほんと?やった!ありがとう、ハチ」
「ちゃんとも面倒みろよ」
「当たり前。私だって小さいころ、金魚もメダカもハムスターも飼ったことあるんだからね」
「知ってるって。ま、俺も出来るかぎり面倒みるようにするよ」
「ありがとう、ハチ」
じゃあ、とりあえず水槽一式、実家から持ってこないとね。あと餌も飼ってきて、それから…と指折り数えるを愛おしくも憎らしく、それでもやっぱり愛おしく想ってしまうから。近いうちに我が家にやってくる金魚の未来が、憐れに思えて仕方がなかった。