abbracciare







放課後。リボーンくんから受けた呼び出しの場所へと向かっていると、大きな声で名前を呼ばれた。

ちゃーーん!!」
「ハルちゃん。久しぶりだね」

振り返った先にあった予想通りの女の子の姿に、口元が自然と綻ぶ。ハルちゃんの元気って、見ているとこっちまで明るくなれるような気がするんだよね。こういうのって、きっと才能の一種なんだろう。大きく手を振って私に近づいてきてくれる黒髪美少女を待ちながら、そんなことを考えてしまった。
ハルちゃんと出逢ったのは、私がこちらに来た翌日のことだ。
最初は彼女の得意技である勘違いで、ツナの隠し彼女!と睨まれてしまったけれど、素直なハルちゃんはきちんと説明したらすぐに納得してくれて、あっという間に仲良くなることもできた。ハルちゃんみたいな可愛い子と並んでいるとちょっぴり情けない気にならなくもないけれど(だって、ハルちゃんは雑誌モデルにでもなれちゃいそうなくらいに可愛いのだ!)ハルちゃん自身は本当にいい子だし。世の中、こんな子もいるんだなーとしみじみ感嘆してしまう。あ、私もしかして、ちょっとオバサンくさいかな。

「並盛中に来て、ちゃんにこんなに早く逢えるなんて…ハルはとっても強運です!」
「あはは、ありがとう。ハルちゃんは、並盛に用事?部活とかかな」
「はい!ハルは新体操部の交流試合に来たんです」
「そっか。今ね、丁度ツナたちのところに行くところだったの。時間があったら、ハルちゃんも一緒に行く?」

尋ねると、ハルちゃんは全身全霊を籠めたくらいの勢いで首を縦に振った。ハルちゃんのこんな一途さも、私には眩しくて、素敵だなと素直に思った。




「なにやってるんですかーーー!!!」

目的地に着いたとたん、ハルちゃんはお腹の底から搾り出したんじゃないかってくらいに大きな怒声をあげた。けれど彼女の抗議は尤もなもので、私は一歩下がったところでことの成り行きを眺めていることしかできなかった。
そういえばこの場面、コミックにあった気がするな。小さなランボくんの泣き声と、それをあやすハルちゃんの声が聞こえてくる。うん、確かにハルちゃんは保育士とか似合っているかもしれない。子どものことが好きで守ってあげたいっていう気持ちがストレートに伝わってくる必死なハルちゃんの姿に、心の中でリボーンくんにこっそり賛意を示した。

「落ち着きすぎてんぞ、
「え、そうかな」
「驚く練習もしといたほうがいーぞ」

確かに。いつの間にやら隣にいたリボーンくんの忠告をしっかりと頭に刻み込む。
未来を知ってることは、他の人には知られたらいけないことだ。知られたら、必ずどうしてって理由を求められるし、そうしたら本当のことを言わなくてはならなくなってしまう。それは、絶対に避けなくちゃいけない。「驚く」ことを練習するのは難しいかもしれないけれど、以前ツナを前に成功した例だってあるし、これからはもっと意識しなくては。
なんてことを考えているうちに物語はどんどん進んでいて、いつの間にか「ドガァアン!」という爆発音と共に溢れ出した煙の中から、小さなランボくんといれかわるように大きくなったランボくんが現われていた。
実のところ、こうして十年後のランボくんと逢うのは初めてで、ハルちゃんにウィンクしてみせる彼の姿にちょっとだけ心臓がドキドキしてしまった。改めて思うのも可笑しなはなしだけれど、ツナの周りにいる人たちはみんな格好良かったり可愛かったり美人だったりし過ぎる気がする。大きくなったランボくんには、山本くんや獄寺くんとは違った大人っぽい装いがあった。それで内面には子どもらしさを無くしてないって言うのだから、きっと十年後では大人の女性とかにもてもてなんじゃないだろうか。いわゆる、母性本能をくすぐるタイプなのだ。

(でも、ハルちゃんは苦手そうだなぁ)

思いっきり頬を引っ叩かれてしまった十年後のランボくんは、落ち込みを露にして俯いてしまった。
その瞬間、僅かに逸らされた視界の中にきっと私が入ったのだろう。こっちを向いたランボくんは眼を大きく見開くと勢い良く顔をあげ、いきなり襟や髪型を整え始める。慌ててどうしちゃったんだろう。様子をながめていると、真剣な顔をしたランボくんが私の方へと向かってきた。

さんッ!」
「ど、どうしたの、ランボくん」

すごいスピードで距離を縮めてきたランボくんは、腕一本分も空かないくらいに近い場所で立ち止まると、硬い声で私の名前を呼んだ。
近くで見るランボくんの表情はまさに真剣そのもので、むしろ強張っていると言ってもいいくらいに緊張しているのが伝わってくる。頬の片側が叩かれてしまったために赤く染まっているのが気になった。ああ、痛そう。早く、冷やさないと。

「ランボくん、頬、冷やさないと」
「そんなこといいんです!さん、いきなりで失礼ですが、今お幾つですかっ?」
「え…十四歳、だけど」

切羽詰った十年後のランボくんの勢いに負けて、反射的に答えてしまう。でも、ここではまだ年齢を言うのが躊躇われるような年齢でもないし、もともと私は歳を重ねることが嫌なことだとはあまり思わないタイプだったから、元の世界でも尋ねられれば答えていた気がする。さすがに尋ねるときには最新の注意を払ったけれど。
尋ねてきた側のランボくんはと言えば、確かめるように口の中で「十四歳」と呟くと、唐突に私の右手を取って両手で包み込むように握った。両手を合わせて、まるで祈っているみたいだ。彼の声調は、私にそう思わせるくらいに希う切実さを孕んでいた。

「それなら…今のさんとオレは同い年ということですよね!?オレは今、年下じゃないですよね!!」
「えっと…たぶん、そうかな」
「だったらお願いです、さん!オレ…絶対にさんを守ります。誰よりも貴女を想ってます。貴女のためだったら、ボヴィーノだって捨てられます!」
「え、」
「だからオレを、さんのノヴィルーニオに選んで下さい!!」
「なッ!!」

思いつめたようなランボくんの表情は硬くて、握られている右手には痛いくらいに力が籠められている。
怒涛の如く畳み掛けてくるランボくんの言葉の嵐に、正直ついていけないというのが素直な感想だった。ランボくんは、どうしてこんなに焦っているんだろう。同い年ってことが、そんなに大切なんだろうか。それに、ボヴィーノを捨てるって、ランボくんにとってボヴィーノは小さい頃から所属しているはずの大切な居場所なはずだ。それを捨てるなんて、冗談でだって口にしちゃいけないに決まってる。
それに、ランボくんの声に被さって聞こえた怒号。聞き間違いだったのかな。それとも、空耳だったとか?
だってあれは、どう考えたって ――――――― 獄寺くんの声だった。

「ランボくん…落ち着いて」
「オレは落ち着いてます!お願いです、さん。オレには…オレには貴女しかないんです…!」
「私しかって、そん」
「アホ牛!てめぇ、なにバカなこと言ってやがる!!」

このままどうしたらいいんだろう。対応に困っている私を遮ったのは、やっぱりさっきも聞こえたあの声で。怒りの感情を露にした獄寺くんが、目の前でランボくんの胸ぐらを掴みあげていた。

「ご、獄寺くん!」
「獄寺氏は黙っていて下さい!貴方には関係ないじゃないですか!!」
「なんだと…!」
「貴方はボンゴレの人間でしょう!?だったら、もともと資格なんてないじゃないですか!」
「な…ッ」
「ランボくん!獄寺くんも落ち着いて!」
さん…」

理由はわからないけれど、ともすればランボくんを本気で殺してしまうんじゃないかっていうくらいに鋭さを増した獄寺くんの気配に、間に入らないわけにはいかなかった。
でも、ランボくんはなぜかくしゃりと表情歪めて、今にも泣きそうな顔をする。どうして?どうしてなんだろう。十年後の""は、この子を泣かせてしまうような未来を生きているというの?
なにもわからないまま、目尻に泪が溜まってしまったランボくんを見上げる。彼は、震えた声でもう一度私の名前を呼ぶと、針の飛んだレコードみたいに途切れ途切れに呟いた。


「だって…だって、さん…!年下じゃあダメだって、貴女が言ったから…!」
「え…?」
「「「あっ!!」」」


何が、と尋ねるよりも先に視界いっぱいに広がった牛柄のシャツ。それから、身体全体を包んだ一瞬のぬくもり。力がこもるよりも先に、再び白い煙がぼわんとはじけて、目の前には小さな小さなランボくんが現われていた。

「今の、って」
ちゃん!!だだだだだだいじょうぶですかーーー!!!あのエロイ人、ちゃんをだ、だ、だ、抱きしめるなんて…!!」

ああ、やっぱりそうなんだ。ハルちゃんの叫び声の内容で、やっと理解が追いついた気がした。
視界いっぱいに広がっていたのはやっぱりランボくんのシャツで、あの温かさは彼の体温だったんだ。ほんの一瞬だったけれど、確かに感じた背中の感触が今更ながらに思い出される。そういえば、もあんな感じだったっけ。意識をすればするほど、腕に力が籠められなくなってしまって、いつだって恐る恐る私のことを包んでいた。
ランボくんの行動に、なにかしらの反応をしなくちゃいけないってわかっているのに、頭に浮かんだのはそんなことばかり。傍からみたら、驚いて固まっているように見えるのかな。

ー?」
「ん。なんでもないよ、ランボくん」

私の腕の中で不思議そうにこちらを見上げてくるランボくんの頭を撫でて、精一杯に笑ってみせる。近くでは、私以上にフリーズしているツナがいたり、私の分まで叫んでくれてるハルちゃんがいたり、無表情のリボーンくんがいたり。理由はわからなかったけれど、今もまだ苛立ちが消えない獄寺くんを宥めている、山本くんがいたり。

ランボくんの言葉とか、十年後の""が言ったという話とか、獄寺くんが怒った理由とか…ランボくんが私を抱きしめた訳とか、わからないことは山ほどあって、どうしたらいいのかもさっぱりわからなかった。
けれど、腕の中で「アメ玉ほしー!」といつもみたいに元気に笑うランボくんを見ていたら、いつの間にかそんな頭のもやもやは霧が晴れていくみたいに消えさっていた。



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※抱きしめる。初めての抱擁は、大人ランボと(笑)。