いつもどおり鞄の中に消毒液や包帯、ガーゼ、テーピングに常備薬が入っていることを確認して家を出る。しっかりと鍵をかけたことを二回確かめてから歩き出すと、門を出て少しのところに立ちすくむツナの姿があった。
「おはよう、ツナ。そんなところでどうしたの?」
「あ…」
振り向いたツナはどんよりとした調子で「おはよう」と呟くように口を開く。どうしたんだろう…なんだか、調子が悪そうだ。
「本当にどうしたの、ツナ?もしかして、調子悪い?」
「まあ、うん…ちょっと、微熱はあるけど」
かなり重い足取りではあったけれど、私の隣に並んでツナは歩き始める。
私はと言えば、微熱、という言葉でようやくコミックの内容を思い出して、内心後悔を隠せずにいた。自分のことで手一杯になってしまっていたけれど、昨日はツナにとって、かなり重要なイベントがあったんだっけ。その結果が、今日の微熱だったはずだ。
「…大丈夫なの?今日の体育祭で、走ったりするんでしょ?」
「走るのは…いいんだけどさ」
「もっと困ってることがあるんだ」
「うん…実は、オレ、A組の総大将に選ばれちゃって」
私は知っていたけれど、A組でない""が知っているはずのないことだったから、一所懸命に驚いた風を装う。どうやらそれなりに上手くいったらしく、ツナは
「やっぱり驚くよね」とほっとしたように息を吐いた。
「だって、総大将って通常は三年生がやるんでしょ?…B組も二年生だけど、そういうのって年功序列とかがあるんじゃないの?」
「最初は京子ちゃんのお兄さ…えっと、別の先輩がやる予定だったんだけど、その先輩に指名されちゃってさ」
「…そうだったんだ」
熱が少し上がっていることも重なってか、ツナの瞳は今にも泣き出しそうなくらいに潤んでいて、本当にツナに総大将をやらせてしまっていいのかな、なんて不安が頭を過ぎる。
ツナに総大将は務まらない、なんて思っているわけじゃない。頼まれたら断れなかったり、騒動からいつだって逃げ出したがっている彼だけど、いざという時には自分の限界までがんばろうと努力することができるのが、ツナだから。そりゃ、獄寺くんや山本くん、笹川くんみたいな分かりやすい華はないかもしれないけれど、これから先を多少なりとも知っている私からしたら、ツナみたいな総大将は逆に良いんじゃないかって思うくらいだ。誰もが、ツナの助けるためにがんばろうって思い闘う、そんな関係。
(そう考えると、ツナがボンゴレの10代目って、適材適所なのかも)
気が付けば、思考回路は総大将から随分と飛躍してしまったけれど、つまり私はツナが総大将をすることに大した違和感を感じていないということだ。まあ、今のツナにそれを告げても、きっと理解してはもらえないだろうけど。
「それで、ツナは総大将をやるのが嫌だったんだ」
「だって総大将だぜ!?棒倒しじゃ一番上に乗んなきゃいけないし、オレなんかに務まるわけないよ」
「そう、かな。私はそう思ってないから、なんとも言えないけど。それに、務まるかどうかじゃなくて、ツナはやりたくなかったかどうかの方が大事だよ」
「そんなの…ッ、やりたくないに決まってるだろ!」
朝の住宅街の真ん中で叫んだ途端、ツナは何かに気付いたようにハッと目を見開いて息を呑んだ。そういえば、ツナは言えなかったんだよね。ツナが総大将に決まったときも、京子ちゃんに逢ったときも、川原で練習していたときだって。これが、幼馴染の効果なのかな。もしそうだとしたら、それだけでも私が""のふりをしている意味に、なるのかな。
「それなら、やりたくないって言わなきゃだね」
「う…でも、簡単に言うけどさ、それが難しいんだよなぁ」
「今、私に言ったみたいに言えばいいんだよ。大丈夫、ツナならできるって」
ちなみに、「ツナならできる」の部分にこっそり「ツナなら"総大将も"できる」という意味を籠めていたことは内緒だ。だって、さっきよりもずっと、明るい表情になったツナの顔をもう一度曇らせるなんてできないし。
それに、何だかんだと言ってもツナは、この後で京子ちゃんから刺繍の入った総大将のハチマキをもらって、結局流されてではあったかもしれないけれど、最後まできちんと総大将を務めたはずだ。棒倒しの時だって逃げ出さずにしっかり棒の上に乗っていたし。…残念ながらB・Cの連合チームには負けてしまうんだけど。
「…あれ?」
ちょっと待って、私。なにか、大事なことを忘れている気がする。
棒倒しの時、ツナはA組の棒の上に乗っていた。そして、B・C連合の棒の上に乗っていたのは、リボーンくんにあいまみえることを望んでツナと対峙した雲雀恭弥。でも、どうして?どうしてB・C連合の棒の上には、どちらかの組の総大将が乗っていなかったの?
「………そうだ」
「え、なに?」
「ねえ、ツナ。今日、リボーンくんはどこにいる?」
「リボーン?そういや、朝は家にいなかったけど…体育祭は見に来るんじゃないかな」
突然の私の質問に、ツナは首を傾げる。ちょっと聞きたいことがあったから、と当たり障りなく誤魔化した私は、ほんの少しだけ学校に向かう速度を早くした。
早く、少しでも早く、リボーンくんに逢わなくちゃ。
思い出した、コミックの内容。B・C連合の棒の上にB組総大将の押切くんも、C組の総大将も乗っていなかった理由。押切くんとあんなに関わっていながら気付きもしなかったことが、今さらになって鮮明になる。でも、きっとまだ間に合うはずだ。体育祭が始まる前に、リボーンくんに逢うことができれば。
「明日の体育祭の棒倒しで、俺が最後まで残ることができたら ――――― 」
だからお願い、リボーンくん。押切くんを襲ったりしないで。
私は彼の本気に、まだ何も返せていないのだ。