esitazione







さん、お昼一緒に食べない?」
「ごめんなさい!ちょっと今日、後輩に誘われちゃってて…よかったら明日、また一緒してくれる?」
「そっか。りょーかい」

当たり障りのない会話をして教室を出た私は、お弁当の入った小さな袋を片手に屋上に続く階段を目指した。

並盛中に編入してからの数日は、あっという間ではあったけれど大きな問題もなく平凡に過ぎた。
初日に恐怖の応接室に呼び出された、ということで少し話題にはなってしまったらしいが、書類を書き直させられただけだと伝えたらクラスメイトは逆にみんな同情してくれたし。ある意味で並盛中の二年B組に溶け込む良いきっかけになったようにも思える。もちろん、結果オーライには過ぎないけれど。
その中でも一番親しくしてくれているのが、さっきも声をかけてくれた田中さんで、お昼も何度か一緒に食べさせてもらっている。…ただ、どれだけ親切にしてもらえても、やっぱりどこかで私の方が線を引いてしまっているのが現状だった。こんなの、いけないって解かってはいるのだけれど、それでも何か『違う』と感じてしまうのだ。
ここは、あくまで""の居場所で、私の居場所ではないのだと。いつもいつも、心のどこかが、頭の片隅が囁いている。そして、それを無視できるほど、私は強くも図太くもなくて。
ああ、いけない。今日もこんなにネガティブ思考になってる。
こちらに来てからというもの、密かに自分の得意技がネガティブ思考と現実逃避になりかけているような気がして、いかんいかんと頭を振る。それから、一度パシンと両頬を叩いた。よし、気分転換完了!


「ごめん、遅くなって。お待たせ」
っ。こっちこそ、いきなり大丈夫だった?」
「うん。それは全然平気。…それより、リボーンくんは?」


笑顔を作って屋上に入ると、すでにお弁当やらパンやらを広げる三人の姿があった。そうなのだ。今日の私は、彼ら三人のお昼ご飯にご招待されてしまったのだ。ちなみに、声をかけてくれたのはツナの家庭教師であるリボーンくん。…移動時間に突然窓から現れた時には、さすがに息を呑んでしまいました。

「それが、まだ来てないんだよな。アイツ、いきなりを呼び出したと思ったら、自分は来ないし…大体学校には出没するなって言ってあるのに」
「あはは。まあ、いいじゃない。それだけツナのことをいつも考えていてくれてる、ってことでしょ?あ、獄寺くん。隣、いい?」

相変わらず、私に対して随分と静かな獄寺くんが小さな声で「勝手にしろ」と言ってくれたことを確認して、彼の隣に腰をおろす。
…そういえば、獄寺くんのこの態度は、逢ったときから変わらないな。私以外の人に対しては、コミックで見た通りなのに。ツナと親しくしている私にも、ハルちゃんや山本くんにするように悪態をついてくるのかと思い気や、怒鳴られたのは最初の一回だけだった。それ以後は、こんなふうに素っ気無い仕草しかみせてくれない。
当初は嫌われちゃったかな、と不安にも思ったけれど、こちらが話しかければ短い単語ではあるけれどきちんと返事をしてくれるし、ちょっとしたところで色々助けてくれるところを見る限り、その心配はないらしい。ただ、好かれているとは言い難いのかもしれないな。今日もいつもと同じように、こちらを見てくれさえしない獄寺くんの横顔を窺いながら、どこか寂しい気持ちのまま、お弁当箱を開けた。


「それにしても、もー秋だよな〜」
「そうだねぇ。これから、ご飯が美味しくなる季節だねー山本くんは大会とかもあるんでしょ?」
「ああ!野球部の秋の大会が来月だな。暇だったら応援来てくれよ」
「あ、それクラスの子たちが噂してたよ。山本くんはやっぱり人気があるね」

本当のことを告げただけなのに、ちょっぴり照れたように山本くんは頬を掻く。
こんなふうに、他愛のない会話を普通にさせてもらっているけれど、本当に山本くんの人気はすごいのだと、並中に入学してから再認識してしまった。コミックのバレンタインの話とかからわかってはいたけれど、実際はそれ以上。なにせ、中学校でありながら、本気でファンクラブなんてものができてしまっていたのだ。女の子の間だけの秘密の会合らしく、学期初めには女子にだけ回覧が回され、参加する場合には名簿に名前を記入するように、とクラスメイトに言われた時には、曖昧に笑うことしかできなかった。女の子って、本当にすごい。ちなみに、当然のように獄寺くんのもあった(あと、信じられないけど雲雀恭弥のも!)
だから、実はこうして一緒にご飯を食べていたりすると、危ないんじゃないかなーと思う部分もあるのだけれど、リボーンくんのお誘いを断るわけにもいかず。…それにしても、リボーンくんはどうしていきなり私をお昼に誘ってくれたんだろう。今日って…なにか、ある日だったっけ。


「いたいいたい!刺さってるー!!!」
「!! リボーンくん!」


最後の玉子焼きに箸をのばしかけたとき、屋上にツナの声が響くと同時に現れた大きな毬栗。のカモフラージュをした、リボーンくん。…ああ、これは確かに、百人が百人、振り返りそうだなぁ。
って、ちょっと待って。リボーンくんとツナたちの会話を横に、嫌な予感が頭を過ぎった。
秋の屋上。毬栗のカモフラージュ。お昼の会話。
まさか、今日って…!

「というわけでさっそく応接室に行くぞ」
「ま、待って!」

思わず張り上げてしまった声に、すでに歩き出していた四人が振り返る。あ、だめだ。ここで、止めてしまったら。「待って」と言っておきながら次の言葉が見つからず、ツナや山本くん、獄寺くんの困ったような目が痛かった。逸らすように視線を動かした先で、リボーンくんの大きな瞳に射すくめられる。リボーンくん。私は、どうしたらいいですか?あの日、私がこちらに迷い込んでしまったあの日。あなたは私に言ったよね。私らしく、過ごせばいいって。でも、それが私には ――――― わからない。

…?」
「ご、ごめん。応接室、行く前に私、ちょっと教室に寄ってくるね」
「なんだ、弁当箱置いてくんのか。、すっげー真剣な顔してっから、びっくりしたぜ!」
「あ…そっか。じゃあ、オレたち先に行ってるよ」

そう言って、また歩きはじめた彼らの後姿を見て、私はなにをしているんだろう。
去り際、一度だけ振り返ったリボーンくんは、真っ直ぐな視線で私を見据え、小さく小さく頷いてくれた。それは、正しかったってこと?止めないことが、間違いではなかったって、そういうことなの?
でもリボーンくん。私は、知ってる。応接室に行った三人がどんな目にあうのかを。運が、よかったとあなたはいったけれど、必要なことなのだとあなたはいうけれど、本当にそうなの?三人が傷つくことに、必然性はあったのだろうか。

頭の中で、沢山の感情が渦のように巡っていた。
止めるべきだった、リボーンくんに反してでも。止めなくて正解だった、だってツナと雲雀恭弥の出逢いを失くすわけにはいかない。どちらが正しくて、どちらが間違いなのか。なにが正解で、なにが誤りなのか。私の拙い頭では、当然だけど答えなんて見つかりもしない。けれど、その中でひとつだけ、はっきりしていることがあった。


「…行かなくちゃ」


応接室に。私は、行かなくちゃいけない。
未だぐちゃぐちゃの心の中で、ただひとつの結論だけが、煌々と月のように輝いていた。



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※ためらい。