trasferimento







夏休みも無事に明けた九月の初旬。かくいう私は、玄関脇の大きな鏡の前ですでに五分も立ちつくしていた。

「…変なところ、ないよね」

そう。今日と言う日は、現在""である私が並盛中に登校する最初の日。そして、同時に私が約六年ぶりに制服に袖を通した日でもあった。

「うう…大丈夫、だって思いたいけど…なんだか無性に違和感が」

わかってはいるのだ。現在の私はどうみても外見中学二年生なのだから、制服を着ていたっておかしなところは全くないって。むしろ、この年齢でスーツとか着てバリバリに化粧とかしているほうが人目を引くだろう。そう、わかっているのに!

「リボン、よし。スカートも短すぎない。サイズもばっちり。ワイシャツはおろしたてだし、髪型だってヘアクリップは校則違反じゃないって確認済み」

鏡の前でさっきも確認したことをもう一度復唱してみても、やっぱり気分は妙なままだった。けれど、そろそろ家を出ないと間に合わない時間に近づいていたのが現実で、仕方なく脇に置いておいた鞄を肩にかけた。

「いって、きます」

呟いた言葉は無人の廊下に吸い込まれて、消えた。




(ツナのバカバカバカバカ〜〜〜!!始業式に寝坊するってどういうこと!)

並盛中へ続く通学路の途中、私の頭の中ではその言葉ばかりが繰り返されていた。ちなみに、文句の相手であるボンゴレ10代目は当然ながら側にいない。ついさっき、一緒に学校に行こうと思って家を尋ねたら、奈々さんに「ツナは今起きたばっかりなのよ〜」と言われてしまったのだ。しかも、ちょっぴり困った笑顔で。
ツナに遅刻が多いことは知っていたけれど、まさか始業式の日にまで寝坊するとは思わなかった。…あれ?でも、もしかして私が忘れているだけで、そういう話もあったのかな。なんとなく、頭の片隅に残っているような曖昧な記憶はあったけれど、だからといって仕方がないとも思えなくて、やっぱり心の中で先ほどの言葉を繰り返してしまう。

実のところ、別にツナが遅刻することで、私に困ることがあるわけじゃないのだ。ツナに延々と悪態を吐いてはいるけれど、結局一緒に行きたかった理由なんて、私のちょっとした我がままなだけ。
ただちょっと、慣れない場所にひとりで行く勇気が、足りなかっただけで。
道だって、何回も奈々さんとツナに聞いていたし、散歩がてら位置も確認していたから迷う心配だってない。入学の手続きもちゃんと済んでいるとファックスには書いてあったのだから、後は職員室で話を聞けば問題なんてひとつもないのだ。

(…私、本当に大人なのかなぁ)

ひとりが不安なんて、子どもみたいな我がままでツナに(頭の中で)文句を言っていた自分がなんだか情けなくて、思わず溜め息がこぼれる。ああ、本当に情けない。

そんなことばかりを考えながら歩いていたら、あっという間に並盛中の職員室にたどり着いてしまった。情けなさは残るけれど、そんなことばかりを言っているわけにもいかず、職員室の扉の前で大きく息を吸い込む。
さあ、がんばろう。人生二回目の学校生活。
意気込みひとつ、「失礼します」と職員室の扉を開ければ、集まってくる先生方の視線。これは、大丈夫。不思議な話だけれど、今の私はどちらかというと大人の視線の方が不安を感じずにいられるらしい。やっぱり、実年齢が二十四歳だからなのかな。逆に、安心すら感じるくらいだった。
近くにいた先生のひとりに転入生であることを告げると、すぐに得心してもらえたらしく担任と思しき先生のところまで案内してもらえた。紹介された男性教諭は、私の名前を確認すると穏やかな微笑みを浮かべて、私がこれから向かうクラスが二年B組であることを教えてくれる。B組…ということは、体育祭とかはツナたちと別々だ。


「あ……!」
「んーどーかしたか、
「いえ、なんでもないです」


思い、出した。今になって、はっきりと。
そうだ、始業式の日。今日だったんだ。先生の話に耳を向けながらも、脳裏に映っていたのは今の私と同い年の男の子の姿。ボクシングという自分の愛する競技に誇りをもった、ちょっとばかし直線的過ぎるところが玉に…いや、結構傷なツナのファミリー候補のひとり。
そっか。だから今日、ツナは寝坊してて当然だったんだ。
仕方がないとは言えないけれど、それでツナが笹川了平くんと知り合えるのならやっぱり仕方がないのかな。

「それから、今日はまず体育館で始業式があるから。はしばらく職員室で待機を…」

今頃ツナは、笹川了平くんを引き連れて学校に向かっているころかなぁ。それとも、もうボクシング部に誘われてるのかな。さっき、ツナのことバカバカとかって思ってちょっと悪かったかな。そんなことを延々と考えていたら、いつの間にか目の前どころか、職員室から先生が綺麗さっぱり消えていた。
ああ、そっか。始業式があるから、体育館に行くって言ってたっけ。私はしばらく職員室で待機、とかって言われたような気もする。あれ、でもそれにしたって、無人の職員室に転入生ひとり残しておいたりしていいんだろうか。…たとえば私が何か悪いことをするとか、考えたりしないのかな。転入なんて初めてだったから、いまいち中学校における常識がわからなかったけれど、それにしたって…なんてことを暇に任せて思っていたら、突然ガラッと勢い良く扉が開かれた。

「え…っ」
「そこの生徒。今は始業式の最中なはずだ。職員室で、いったいなにをしていた」

現れたのは、特徴的な長い髪形をした、学ランを着た男の子だった。リーゼント、って言うんだよね、確か。それに、口に葉っぱのようなものをくわえている学ラン姿のちょっと渋めの男の子ときて、私が思いついたのはただひとり。
風紀委員副委員長、草壁くんだ。
草壁くんは、抑揚少なくそれだけ言うと、ツカツカと私の方に近づいてくる。彼の視線は随分と厳しくて、選別するように私のことを上から下までざっと眺める。そのときになって、ようやく気付いた。私、草壁くんに不審者だと思われてるんだ。

「返事が遅れてしまってすみません。私は、今日付けで転入して来ましたです。先生に式が終わるまでこちらで待機しているように言われたのですが…」
「転入生…ああ、そうか。そういえば二学期付けでひとり、予定されていたな」
「…並盛は、男子の制服がブレザーだと伺っていたので、少し混乱してしまって。誤解を招くような行動をとってしまい、すみませんでした」

座っていた椅子から立ち上がり頭を下げると、草壁くんは少し間を空けてから「そうか」と小さく口にした。

「並盛中では、風紀委員のみ旧服である学ランを着用することが許されているんだ。…こちらも、説明なしに悪かったな」
「いえ、そんなことはないです。…お仕事、ご苦労様です」

ああ、さすがは風紀委員の良心・草壁くんだ。向けられていた敵意のような鋭さが払拭されたとたん、そこに残ったのは中学生とは思えない落ち着いた優しさだけで、素直に激励の言葉まで飛び出てしまった。…これで私の実年齢より十歳も年下なんだから、世の中不思議なことばっかりだ。
ご苦労様です、なんて言葉はちょっと意外だったらしくて、草壁くんはほんの少しだけ表情を崩していたけれど、すぐさまそれを立て直すとふっと落すように笑って、

「始業式が終わるまで、ここで大人しくしているんだぞ」

と、私の頭をくしゃりと一撫でしていった。
…やっぱり、中学生なんて絶対に嘘だ。廊下に消える彼の背中を見つめながら、こっそりそんなことを呟いてしまった。



back top next
※転入生。