「ちゃおっス」
「……こ、こんばんは」
宣言していた十分に少し遅れて到着した沢田家(本当にすぐ隣だった)のチャイムを鳴らしたら、ツナとは違う声で「入れ」と聞こえた。
そして、言われたとおりにドアを開けたら、彼がいた。
どうみても赤ん坊としか思えない体格なのに二本足で歩行していて、黒のスーツを身に纏い首には黄色のおしゃぶりを提げている。こんな変わった少年(むしろ少年って呼ぶことさえ可笑しい気がする)世の中に何人もいたらちょっと困る。だから、きっと間違いない。
この赤ん坊が、リボーンだ。
とりあえず挨拶をされたから返答してはみたけれど、このあとはどうしたらいいんだろう。玄関に立ち竦んだまま考えた。
不思議なことにリボーンの方は、なぜかわからないけれど私のことをじっと見ている。やっぱり、いきなり沢田家にやって来たから警戒しているのかな。だけど、リボーンのような殺し屋(だったはず)だったら、こんな中学二年の女の子のひとりやふたり、取るに足らない存在としか思っていなさそうだけど。
如何せん、観察されたままというのも居心地が悪いので、ドアを閉めてその場にしゃがみ、可能な限りリボーンと視線を合わせることにした。
「初めまして。今日、隣に引っ越してきたです」
「みたいだな。朝一で荷物が届いてたの見たぞ。ツナの幼馴染なんだってな」
「一緒にいたのは小学校までだけどね。ついさっき、一年半ぶりに再会したの。
…あなたの名前も、聞いていい?」
「オレはリボーン。ツナの家庭教師だぞ」
ほら、やっぱり。
記憶の中の知識どおりの姿に、納得する反面切なさも増した。最低だ、私。この世界でできるだけがんばるって決めたくせに、それでもやっぱり、どこかでこの世界が破綻しないかなって望んでる。
だけど目の前にいるリボーンは、思ったとおりツナの家庭教師役なわけで。…こういう場合、私は思いっきり驚くべきなのかな。でも、一応知識として知っていながら驚くってすごく難しいし…などと色々と反応を考えていると、ドタバタと大きな音が耳に入ってきた。奥の部屋から、ツナが出てきたのだ。
「コラっ、リボーン!お前、勝手に出るなよな!!」
「勝手じゃねーぞ。ママンの手伝いでお前が出れねーから代わりに出てやったんだ。感謝しろ」
「感謝ってなぁ…えーと、ごめんな。いきなりリボーンが出たりして、びっくりしただろ」
照れくさそうに頭を掻いてるツナは、紙の上の平面で見ていたときとは比べものにならないくらい人間らしくて、なんだか妙に嬉しくなってしまった。そうそう、確かリボーンとツナのやり取りって、こんな感じだったよね。リボーンがいっつも勝ってて、ツナはなんだかんだとやり込められちゃう。あーほんと、ここってREBORNの世界なんだ。さっきとは、全然違う気持ちで、そう思った。
「そんなことないよ、ツナ。自己紹介しただけだし。それに、なんだかとっても素敵な家庭教師さんだね」
「…、それ本気で言ってる?」
「うん。だってふたりのやり取り見てたら、なんか楽しそうだなーと」
楽しそうだと思ったのは本当だし、赤ん坊が家庭教師って事実に驚いてみせるには時間が経ち過ぎていたからそう言ったんだけど、何故かツナは頭を抱えて「やっぱり変わってない」と零していた。その口調が、どことなく嬉しそうに聞こえたのは多分私の気のせいじゃないはずだ。
「とりあえず、あがれよ。母さんも待ってるから」
「じゃあ、お邪魔しま」
「ポイズンクッキング!」
「っ!」
立ち上がりかけた膝を即座にまた曲げてなんとか避けたそれは、すぐ後ろのドアに当たってなにやら嫌な音をあげている(絶対振り返りたくない!)
ちょっと待って、今の何?…って、聞くまでもないか。わざわざ名前も名乗ってくれているんだし。
だけど、前触れなしの初対面でまさか「アレ」をお見舞いされることになるなんて微塵も思ってなかったので、さすがに肝が冷えたのも事実。今日ばかりは、お父さんの趣味で護身術やら合気道やらを習わされたお蔭で多少は鍛えられた反射神経に感謝せねば。
「っ!だ、大丈夫!?」
「び…びっくり、したかなぁ」
玄関にへたり込んだまま、心配顔のツナを見上げたらそのすぐ後ろに立っていた彼女とも自然と目があってしまった。
第一印象は、やっぱり美人。私の憧れのビアンキは、形の整った眉を顰め、薔薇色と称するに相応しい端整な唇を開き言った。
「あなた、リボーンを狙ってきたのね」
「……はい?」
あなた、リボーンを狙ってきたのね。今、ビアンキはそう言ったんだろうか。いまいち状況が飲み込めないまま、必死になってその言葉を反芻してみる。リボーンを狙ってきたのね。リボーンを狙ってきたのねリボーンを…
…もしかしなくても、私はすっごい勘違いされてるんじゃあ。
どうやら私と同じ結論に達したらしく、数拍固まっていたツナもビアンキの方を振り返って両手を大げさに振って叫んでくれた。
「ち、違うって、ビアンキ!はオレの幼馴染で、今日こっちに戻ってきたんだよ!」
「ツナの?…本当なの?」
ぎろり、とでも効果音がつきそうなほど鋭いビアンキさんの視線が体中に突き刺さる。美人さんに睨まれる経験なんて滅多にない、どころか今までの人生の中でこんな綺麗な人に生で逢ったことなんて一度もなかったから、見当違いとわかっていながら妙にドキドキしてしまった。あ、今絶対に顔赤いかも。
だけど、ここでしっかり誤解をといておかないとこれから一生ビアンキに追いかけられることになりそうだし。彼女の逆鱗に触れないよう、頭の中で必死に言葉を探した。
「今日、隣に引っ越してきたツナの幼馴染のです。リボーン、くんとは今自己紹介しあったばかりで…狙ってきた、と言われてもいったいなんのことだかさっぱりなんですが…」
「ふぅん」
「それで、ビアンキ…さん、でしたよね。ビアンキさんは、リボーンくんの恋人、なんですか?」
尋ねると、ビアンキは二度大きく瞬いてから、にっこりと妖艶に微笑んだ。
その表情があんまり綺麗だったから、思わず見惚れてしまった。美人って、目の保養になるって言うけど、本当だったんだ。
「あなた、中々見る目があるわね」
「やっぱり!ビアンキさん、すごく綺麗でミステリアスだから、謎がありそうなリボーンくんと似合ってるなって思ったんです」
「ふふふ、当然だわ。ツナの幼馴染のくせによくわかってるじゃないの。
勘違いして悪かったわね。そんなところに座ってないで、早くあがりなさい」
ふふふと楽しそうに笑いながらビアンキさんは奥の部屋(さっきツナが出てきたところだ)へと入っていく。…どうやら、生死の境は通り抜けたみたいだ。
一歩間違っていたら、彼女のポイズンクッキングで苦しみながら死んでいたのかと思うと、今この瞬間に生きてる事実に心底ほっとして、大きな溜め息が口から零れた。
ミステリアスで美人なビアンキさんと、謎がありそうな(というか謎だらけな)リボーンくん。ふたりがお似合いだと思ったのは嘘じゃない。ちょっとばかり年齢の差はあるかもしれないけれど、実際問題リボーンくんの正式な年齢だって本編では明らかになってなかったし(確か、呪いがどうとか言ってたはずだ)リボーンくんは大きくなったら絶対格好良くなるだろうから、美男美女で良いカップルなんじゃないだろうか。
なんて元々コミックを読んでいたときから考えていたから、すらすらと言葉が口をついて出てくれて本当に助かった。
「、立てる?」
「あ、うん。ありがとう、ツナ」
目の前に差し出された手を取って、立ち上がる。
玄関で靴を脱ぐまでに随分と時間が経ってしまったけど、なにごともなく無事に済んで本当に良かった。
なんとなく、共犯者めいた気持ちのままツナと視線を交わして、どちらともなく笑ってしまった。
「怪我とかなくてほんとによかった。今の、ちょっと強烈なのはビアンキ。…リボーンを追いかけて来た、リボーンの愛人なんだってさ」
「愛人さん…だったんだ。でも、なんにせよ誤解が解けてよかった。あんな美人さんに嫌われたままじゃ、ちょっと哀しいもんね」
「いや、そこはどうでもいいんじゃ…」
ツナに連れられて奈々さんの待つ台所に向かうまで、そんな些細な会話を続けていたから、私は全然気付かなかったし疑問にも思わなかった。
私とビアンキのやり取りの間、リボーンくんが一言も言葉を発しなかったこととか、どうして彼が私のことをあんなにも熱心に見ていたのかとか。
「…、か」
それから、玄関に残ったリボーンくんが小さな声でそう呟いていたことにも。