そう言って綺麗に笑うから



「そういえば、私を見つけて拾ってくださったのって…シエラ様なのですよね」

ふーふーと底の深い木のスプーンにのせたお粥(のようなもの)に息を吹きかけていたは、ふと思い出してシエラに尋ねた。
の長い黒髪を弄っていたシエラはそこから目を離さないまま「うむ」と小さく頷く。すくった分のお粥もどきを口に運び良く噛んで。それを呑み込んでから、はもう一度シエラに尋ねてみた。

「でも、私に触られたのは…さっきが初めて、だったんですよね」
「そうじゃな。でなければ、先に触っていた折に同じことが起こったであろうよ」

シエラの言うとおり、あれ以降シエラが何度に触れても先ほどのような反応は1度も起こっていなかった。どうやら"それ"が起こるのは初めて触れたときに限られるようだ。といっても、まだシエラ以外との反応経験がないため断言できるわけではないのだが。
ついでに言えばシエラ以外の人 ―― たとえばファラや、先ほどお粥もどきを持ってきてくれたヴィッツなど ―― に何度触れてみても、先ほどのような現象は起こらなかった。シエラが特別なのか、なにか他の要因があるのかには解からなかったが、どうやらシエラには見当がついているらしい。しかし、あくまでの勘ではあるが、シエラにはそれをに教える気はまったくないようだった。自身も正直聞く気がない、というか聞きたくないと思っているのでお相子ではあるのだが、それでもなんだかなあ、と感じてしまうのは可笑しな感情ではないだろう。

「まあ、わらわも見つけたというより、呼ばれた、と言った方が正しいやも知れぬな」
「呼ばれた、ですか?」
「そうじゃ。初めは妙な感覚としか思わなんだが、どうにも落ち着かぬのでな。ヴィッツを供に森を歩いておったら、おんしが倒れておったのじゃ。呼びかけても起きる気配がなかったゆえ、ヴィッツにここまで運ばせた、というわけじゃ」
「ヴィッツさんに…ですか」

曖昧に言葉尻を濁らせたに、髪に触れる指を止めシエラは怪訝そうに眉を寄せた。どうやら中途半端にはっきりしない様子が気に喰わないらしい。シエラ様はいわゆる日本人気質とは気があわなそうだなあ、と半ば本気では考えてしまった。もちろん、高校で自分がそんなタイプと称されてきたことは、都合よく忘れることにした。

「…気にかかることがあるのなら、はっきり言わぬか」
「いや、気にかかるというわけでもないんですけど…あ、嘘です嘘です!素直にお伺いさせて頂きますから睨まないでください!!
 …シエラ様が私を見つけられたのなら、どうしてその場で触れられなかったのかなーと思いまして」

口に出してから、ほんとにどうでもいいことだな、と改めては思った。けれど気になってしまったのも事実なのだ。シエラが自分を見つけたというのなら、その時に触れてその場でさっきのような現象が起こってもよかったのではないだろうか。もしそうなっていれば、1週間も寝こけていることもなかっただろうし、もしかしたら気付かないうちに"それ"を終えていたかもしれなかったのに、と考えると、はなんだか悔しいような憂鬱な気持ちになった。
一方、問われた側のシエラにとっては本当にどうでもよかったらしく、そんなことかと詰まらなそうに口を引き結んで再びの髪を弄くり始める。いったい何が楽しいのかにはさっぱりわからなかったが、シエラ本人は中々どうして満足そうだった。もしかしたら、黒髪が珍しかったりするのかもしれない。

(なにせ…出てくる人みーんな、銀髪白髪だもんね)

生まれてこの方、黒以外の色と親しくしたことのないからすれば銀だとか白だとか目に眩しい色彩にこそ憧れるが、それに慣れてしまった人からすれば黒のような他愛もない色が珍しく映るのかもしれない。髪を梳くシエラの手元を見つめながら若干ずれたことを考えていると、さっきまでとなにひとつ変わらない調子でシエラが言った。

「おんしは汚れておったからのう」
「…………は?」

あれあれれ?いまちょっと、私の髪を弄られる女王様は一体なんと仰られたのでしょうか。
間の抜けた声でしか返事ができなかったは、なかなか溶け込まないシエラの言葉をもう一度脳内で反復させてみる。おんしは汚れておったからのう。うん、これで間違いなかったはずだ。自分の聞き間違えでなかったら。

「汚れていたから…ですか?」
「そうじゃ。おんしは泥だらけだったからのう。わらわは触りとうなかった」

できれば聞き間違いであったらいいのにな、というの儚い願望は、躊躇いの欠片もないシエラの一言でバッサリと切り捨てられた。その上、触りたくないなんて…正直にもほどがある、と突っ込みたくもあったが怖くてできるわけもなく。仕方なく、は淡い期待を抱きつつ掠れるほどの小さな声で尋ねた。

「泥だらけって、そんなに汚かったんですか、私」
「ぬかるみの上に倒れておったからのう。まあ、ヴィッツはさして気に留めておらなんだようじゃったがの。
 おんしのことは気になっておったが、村に戻ってからは全てファラに任せておいたゆえ、今日までここへ来ることもなかったのじゃ。ああ、安心せい。おんしを湯浴みさせて着替えさせたのはファラじゃからのう」

口元に手を当てて、わらわは優しいからのう、と誇らしげにシエラは笑う。
言葉とは裏腹にひどく魅惑的なその仕草は魅力的で、同性でありながらもはドキリとしてしまった。そもそも基が信じられないくらいの美少女なのだ。ちょっとした仕草や表情だけでも恐ろしい破壊力を持っていることは言うまでもない。むしろ、くらりと傾倒しなかったしなかった自分を褒めてやりたい。
汚れていたから触らなかった、なんて事実なのかもしれないが胸を張って言われたら文句のひとつくらい言っても構わないのだろうが、結局は頭の中に浮かんだどの言葉も口にすることが出来なかった。なんでだろう。考えたのは一瞬で、理由は出会って数時間しか経っていないにも、明白すぎるほどに解かりきっていた。

(それが…シエラ"様"の魅力、ってことだよね)

それはつまり、余程のことがない限りはこの人に逆らうことなどできるわけがないということで。
不条理なはずなのに決して不快でないその感覚を抱きながら、は達観したように短く息を吐くと膝の上に乗せているお粥もどきをスプーンですくった。

少しばかり冷えてしまったけれど、久々に食べる誰かとの食事は夢みたいに美味しかった。

 

  
  そういえば誰が服を変えたんだろう、と思ったので。