「あーもうっ!あいつってばいったい何なのっ!!!」

通行人が誰もいない民家と民家の間を歩きながら力の限り思いっきり、叫んだ。
足元に転がってる石を力任せに蹴ったら運悪くそれが足の親指の少し伸びた爪にクリーンヒットして痛いのも、天気予報が外れてめちゃくちゃ今日が暑いのも(ちなみにまだ三月のくせに六月並の気温だそうだ。なのに私はパーカーまで着てる!)みんなみんなあいつの所為だ!!

「あいつの方が、馬にでも豚にでも犬にでもなっちゃえばいいんだっ!!」


 ぞわぞわ


「ん…?」

なんの前触れもなしに背中に走った不気味で得体の知れない感覚に、思わず今しがた歩いてきた道を振り返る。何か、嫌なもの(あえていうなら通り魔とか、あいつとか)でも近づいてきているのか思ったけれど、どうやらそういうわけではないらしい。相も変わらず、昼時の住宅街は気味が悪いほどの静寂に包まれていた。

「気のせい…………!?」


 むずっ むずむずむず


思った矢先、言い様のない気持ちの悪い感覚が今度は先ほどよりも長く襲い掛かってくる。
体中がこそばゆいというか、何かが這いずり回ってるみたいで居心地悪いというか。とにかく今まで感じたことのない感覚に、私はその場に立ち止まった。


 むずむず ―――――― ぴんっ


「………ぴん?」

何かが揺れるような弾けるような。そんな音がした途端、体中を駆け巡っていた変な感覚が一気に消えた。条件反射の如く周囲を見渡しても、目の前に広がる景色の中にさっきまでと変わったところは見当たらない。あんな音がなるような要素はどこにもないはずなのに…やっぱり、私の勘違いだったのだろうか。

「…私も、歳とったってことかなぁ」

来月でやっと中学三年って若者がいう台詞ではないけれど、突然身体を変な感覚が襲うなんてこと、今まで一度もなかったし。戯言でもそれくらい思いたくなるってものだ。
完全に消え去ったらしい出来事に「ふう」と溜息を吐いて、耳にかかった髪の毛を払おうと手をやった。

「…………ん?」


 さわさわ ふわふわ さわさわ ふわふわ


「あ…あれ…?」

ちょっと待て、ちょっと待ってよ。私の耳、ってうか人間の耳ってこんなふさふさ感がありました?もうちょっと丸みがあってつるつるしていて、間違っても「ふわふわ」なんて形容が当てはまるわけないはずだ。
さーっと体中の血の気が引いていく感覚を産まれて初めて体感しつつ、私は急いで鞄の中を漁って鏡を探す。駄目だ、忘れてきたらしい。
何か鏡代わりになるもの、と前を向いた視線が見つけたのは、数十メートル先に停車中の乗用車。おそらく無人(私の視力は1.5だ)のそれに向かって全力でダッシュする。真っ白で、ちょっとへこみのある軽自動車のサイドミラーの正面に回りこんで、恐る恐る自分の姿を映し出した。


「〜〜〜〜〜〜っ!!!!!!」


"それ"を見た次の瞬間、私はとにかく走り出していた。
その瞬間の私は、きっと体育祭で徒競走に出場したら後続を引き離しぶっちぎりの一位を獲得できること間違いなし、と思えるくらいに、速かった。


三月某日、運命の日。
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