#2-6




 ドスン


かたーいコンクリートの床に重い音で倒れたのは、さすが小悪党と言わんばかりの弱さだった与志さんの裏切り者。
とりあえず、そーっと近づいたら気付かれなかったから、後ろからちょーっと強めの電流を流してみた。もちろん、あくまで護身用。そんな、人を殺せちゃうような威力はないのであしからず。

「さて、と。ちゃちゃっと捜索しますか」

思っていたよりもこの小悪党が来るのが遅かったものだから、カズさんとの約束まであんまり時間がない。今ここでカズさんが来ちゃったら、私の立場もあんまり面白いことにはならないし。失せもの屋として、依頼はあくまで秘密裏にこなさなくっちゃ、だしね。

お目当てのものは、小悪党がさっき覗いていた木箱の中からすぐにみつかった。
ケージに入ったウサギやら、鳴き声防止の金具を付けられた犬だとか、ちょっと大きな置物だとか…まぁ、売ったらそこそこの値段になるんじゃないかな、ってものが雑多に押し込められたバッカニア印の中木箱。たぶん、当初の予定ではこいつを明日発の貨物船にでも乗せて、何処か仲間のいるところにーってところだったんだろう。灯台下暗し、とはよく言ったものだ。本当に近すぎるものほど見えにくいらしい。
自由を奪われてる動物たちに同情がわかなかったわけじゃないけど、ここで騒がれたらこっそり侵入してる意味がなくなるから。とりあえず、重ねられたケージの中から、以前みたモモンガが入ってるものだけを持ち上げる。モモンガの区別をつけられる自信はないけど、たぶんこれで大丈夫なはず。

体力低下のせいか、ずいぶんと大人しいモモンガをケージごと抱えて、行きにおろしたロープを登り再び屋根の上にでる。それからすぐ、足元でまたドタバタと音がした。うーん、まさに間一髪。

「さて…カズさんのお縄劇が一段落するまで、ここでちょっくら待ちますか」

勘のいいカズさんのことだ。下でのびてる小悪党をのしたのが私だってことは、解かってくれているだろう。普通なら誰か他にいるんじゃないかって大々的な捜索が始まっちゃうところだけど、たぶんその心配はない。だから、三十分もここで大人しくしてれば済むはずだ。

「おっと、忘れてた。その間に、お前に体力付けさせなくちゃね」

帰ってきた友達がへろへろじゃ、あのお嬢様が哀しんでしまうだろう。
言葉が通じてるとは思わないけど、リュックから取り出した乾燥クルミをケージの隙間から差し出せば、嬉しそうに口に含んでくれた。
…あ、そっか。モモンガって確か夜行性だっけ。もしかしたら、回収時間を間違えたかもなー
あまりに元気にクルミを頬張るちまっこい生き物をみて、そんなことを考える。それから、明日の朝ご飯用に購入しといたリンゴを小さく切って分けてやった。




「さて…そろそろ平気かな?」

屋根の上から頭を出して下を確認。右良し、左良し。うん、大丈夫そう。

「ん?あぁ、お前も出る?」

カズさん率いる突入部隊が去るまで、予定よりも時間がかかった所為か思いの他にモモンガと仲良くなってしまったらしい。おっかなびっくりケージを開けると、嬉しそうに頭の上に飛び乗ってくる。…どうやら、こいつは人の頭とか肩の上が好きなようだ。確か、お嬢様のところで見たのも頭にとまってたような記憶がある。

周囲に人の気配がないことを確認してから、頭のモモンガを手に抱えて引っ掛けたロープで一気に屋根から飛び降りる。手のひらは痛くなるけど、これが一番楽だし音もしない。頭の方は大して自信がないけど、運動神経だけはちょっと自慢できるのだ。

「見つからないうちに、とっとと帰るか」

二重のロープを切って回収し、ずれたリュックを背負い直す。
それから一歩目の足を踏み出した、刹那だった。



「さすが。噂通りのお手並だな」



屋根の上から響いた声に顔をあげたら、何よりも先に鋭く尖った三日月が見えた。
ついさっき、私がいた八番倉庫の屋根だ。月を隣にして、影になってる黒い姿。

「あんたの持ってるオリーブの種、俺に譲ってくれないかな」
「……はぁ?それって、新手のセールスかなにかですか?」

冗談のつもりはなかったのに、見下ろす瞳が少しばかり怒りの色を含んだ気がした。
あ、もしかしたらこれが噂のカツアゲってやつなのかもしれない。
それこそ冗談みたいなことを、何故かその時は本気で考えてしまった。