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#1-8
秋のお店の閉店時刻は六時半。
入り口にかかった端の欠けたプレートを『OPEN』から『CLESED』に変えれば、今日の私の店員としてのお仕事もこれでお終い。 「じゃあ、圭介さん。お仕事、がんばってきますねー」 「ああ」 脱いだエプロンをレジに置いて、そこから見える厨房の圭介さんに手を振った。 さあ、ここからは、私のお仕事の時間だ。 「やあ、こんばんは、さん」 「こんばんはー坂本くん!どう?儲かってるー」 地平線の彼方に夕焼け色が消えて、まだかすかに赤みが残る藍色の空の下。 屋外と室内と、両方完備されてるちょっと小粋なカフェテラス『SHIMITU』に着いたのは、約束の時間まであと四分の頃だった。 店からウンディーネを飛ばしてきたんだけど…さすがに新京都ターミナルを挟んで間逆にある場所なせいか、時間が無駄にかかるのだ。 ま、もちろんそれだけの時間をかけて来るだけの価値があるお店なんだけどね。 「まあ、ぼちぼちかな。今日は、どうする?店長に用事?それともお茶?」 「ううん。今日は待ち合わせ。 えっとーたぶん、もう来てると思うんだけど…ちょっと明るい栗毛のショートカットが似合う、めっさ可愛い女の子、来てる?」 「ああ、その子ならあっちだよ」 指差した方向は、屋外に設置されてる木製テーブル群の一番端、運河沿いに儲けられた席だった。 あーいるいる。坂本くんのいうとおりだ。しかも深刻そうに俯いちゃって、もー可愛いなぁ。 「あの子、桜井さんとこのお嬢様でしょ」 「あれ?坂本くん知ってるんだ。情報通だね」 「そんなことないよ。ここらじゃ、結構有名だよ?深窓のお嬢様。 それに、さっきまでお付きの人が中々傍を離れなくて大変そうにしててさ。それで確信した、ってわけ」 「なるほどー」 どうやらお嬢様、私が言ったことを守るための努力を本気でしてくれたらしい。うーん、なんて素直で素敵な子! 「…こうなったら、本気で叶えてあげなきゃなぁ」 「ああ、そっか。あの子、今回の相手なんだ」 「うん、そうなの。だから、東吾さんにも伝えといてもらってもいいかな?」 「もちろん。じゃあ、あとでミルクティ、持っていくね」 「出来ればアイスでよろしく」 「了解」 ついでに焼きたてマドレーヌもつけてあげるよ。 ウェイター姿の坂本くんは、にこやかーに微笑んでそう言った。 あーほんと、坂本くんの接客笑顔も素敵だよーでも、坂本くんの場合はアレが素だからなぁ。あの微笑みを半分でいいから翼に分けてあげてほしい! 「っと。そんなことしてる場合じゃないか」 ゴーン ゴーンと大きな音で、七時を知らせる鐘が鳴る。 はっとして顔をあげたお嬢様は、いまだ現れない約束の相手を思ってか、合わせた両手を更に固く握った。 それを確認してから、靴音がよく響く石畳を蹴って、一歩ずつお嬢様の方へ向かう。 うん、そうだね。願いは、それくらい強くなくっちゃ。 「ごめんなさい、お待たせしちゃいました?」 「っ!!」 勢い良くこちらを向いた瞳は、店の明りを反射してきらきら哀しく光っていた。 |