#1-4




 カラカラカラ


「いらっしゃ ―――――― なんだ、か」
「なんだとは失礼ですね。そんなんじゃ、店員失格ですよ、竹巳くん!」

でも、相手はだしね。竹巳くんはそう言って笑った。

ウンディーネに乗って、とろとろ走ること南西に二十分。新京都のメインターミナルからだと歩いて十分ほどという、かなり利便性の良きところに、レストラン『久良岐や』はある。
もちろん店からウンディーネを制限速度ギリギリで飛ばせば十分くらいでつくんだけど、さすがに今日は壊れ物付きの走行だったから、時間はいつもの倍かかった。もちろん、ケーキには傷ひとつない。圭介さん、は今日もやりました!

「ああ、さん。早かったね」
「どもです、克朗さん。お届けものにまいりました」

奥の厨房から現れたのは、『久良岐や』の店長、克朗さん。圭介さん並の身長に、これまたエプロンが似合う素敵な人だ。
ちなみに、一番最初に私を迎えたのは雇われ定員の笠井竹巳くん。半年くらい前に新京都に引っ越してきて、それからここでアルバイトしているらしい。
普段はあんまり満面笑顔、って人じゃないんだけど接客時には素晴らしい作り笑いをする人で、是非うちの店にも一台欲しい!ってこないだ言って、思いっきり殴られた記憶はまだ新しい。やっぱり、一台って言ったのが悪かったんだと思う。でもさ、女の子をグーで殴るのはどうかと思うのよ、うん。

「いつもありがとう。本当は、うちから取りに行かせられたらいいんだが…」
「いえいえ!配達はサービスの一環ですから。
 それに、お昼時にしろおやつ時にしろ夕飯どきにしろ、閑無しなんですから無理しないで大丈夫ですよ」
「そう言って貰えると助かるよ。
 それに、木田の作るデザートは大人気なんだ。この間のロールケーキも、五時には完売してしまってね」
「そりゃ、圭介さんの作るケーキですから!
 克朗さんがべた褒めしてくれたって、ちゃんとお伝えしておきますね」

よろしく頼むよ、と克朗さんがはにかむ。
うふふ。克朗さんは圭介さんのケーキを褒めてくれるから大好きだ。



「ん?あれ…?もしかして、亮さん、今休憩中ですか?」

持ってきたケーキのお代を待ってる間に、珍しく人のいない店内を眺めていたら、いつもふんぞり返ってる偉そうなあの人がいないことに気がついた。
…まずい。一応、店の前には泊めてないけど…見つかったらどうしよう。

「三上さんなら買い物に行ってるけど」
「うそっ!か、克朗さん!ちょっと急いで貰ってもいいですか!?」
「ああ、そうか。三上はまださんのウンディーネを諦めてなかったのか」
「そうなんですっ!このあいだもいきなり水上で追いかけられて…!」

正直、思い出すのも憚られるくらいに、あのときは焦った。
帰り道だからのんびり帰ろうかな、って鼻歌交じりに運転していたら、いきなり後ろから猛スピード(おそらく制限速度なんて楽に十キロは越えていただろう)の黒いウンディーネが迫ってくるなんて誰に想像できただろう。
間違いなく物の見事に衝突コースだったから、避けようと思ったらすぐに方向修正してくるし、スピードを上げて逃げようとしても追ってくるし。なんだこれ、新手のストーカー!?とか思ったら、乗り手が亮さんだったという恐怖の結末!

「あの時はもー本気で泣きたくなりましたね」
「三上もあれで大人気ないからな。
 じゃあ、これ。ケーキの代金と次に使ってもらいたい小豆と抹茶」
「はいっ、確かにお預かりしました!」
「ああ、そうだ。できたら木田に、次回から量を少し増やしてくれないか、と伝えてもらえるかな」
「了解ですっ。毎度ありがとうございます!」
「帰り道、気をつけて」
「またね、
「うん、竹巳くんも接客がんばってくださいね!では、克朗さん、お邪魔しました!」

空になったばかりのクーラーボックスに、受け取った小豆に抹茶、それにお代も詰め込んで、挨拶もそこそこに店を飛び出す。
お願いしますっ!どーか亮さんが、まだ買い物中でありますように!!