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#1-3
「それじゃ、いってきますねー」
右手をおでこに合わせて敬礼ひとつ。 お返事には、圭介さんの呆れた溜め息がやってくる。 「対向舟には十分気をつけろよ」 「やだなー圭介さん。私、今まで配達の最中に事故ったこと皆無ですよ? お届け率は百パーセント!形崩れも起こしてないんですから」 なにせ、配達してるのは圭介さんのケーキにパン! 最高の状態で届けられなかったら私がいや!!圭介さんの素晴らしき作品の邪魔をするような舟だったら、なぎ倒してでも進みますからね。 「…行きに関しては心配していない」 「へ?じゃあ、帰りですか?」 「ずぶ濡れの状態での帰宅が、先月だけで九回あったと、山口が言っていた」 「うわ!圭介さん、いつの間に圭介と仲良くなってるんですか!?」 私と言うものがありながら酷いです! やっぱりアレですか!名前が同じだから親近感?確かに年齢も一緒だし…だけど、付き合いだったら私と圭介さんのが断然長いはず。それに圭介なんて名前、探せば新京都だけでも絶対いっぱいいるし!もちろん素敵な名前ですけど、全然珍しいことじゃないんですよ、圭介さん! 「…互いにお前の無茶と関わりすぎているだけだ」 「うわーなんだか、過保護な保護者がふたりもいる気分なんですけど」 「保護者はふたりで足りるのか?」 「すみません。超絶的に過保護なのが、少なくとももうふたりはいました」 しかもあれは、私の意志完全無視してでも私の安全を重視するんで。いざとなったら圭介さんのお手製ケーキを犠牲にすることも厭わないから、ちょっと困るんです。…悪いヤツじゃないんだけどね。 「じゃあ、帰り道も細心の注意を払って乗ってきますね。 たぶん、一時間もあれば帰ってこれると思いますので…その間、お店お願いします」 「ああ」 私が仕事してるときか、配達してるときしかレジに立たない所為か、"圭介さんとレジ"って構図はなんか微妙。 いや、もちろん圭介さんに似合わないものなんてないんだけどね! だけどやっぱり、圭介さんにはボールとヘラと厨房が似合うっていうか。身長のわりにレジが小さくてバランスが悪いって言うか。 それに、前に圭介さんがレジ打ちしているときに買い物にきたお客様に『木田さんの息子さん、パン作りの腕はいいんだけど…ねぇ』って言われたし。 もちろん、私の圭介さんに対する暴言は許せなかったけど、お客様だから苦笑いで済ませましたよ?許せなかったけど。 「…私は、圭介さんのこと、信じてますから」 「だったらもう少し信じている顔をしろ」 「そ、それじゃあ今度こそ!いってきまーす!」 音を鳴らして閉じる扉と一緒に、溜め息がまた聞こえた気がしたけど…たぶん気の所為! 店から出て真っ直ぐ向かうのは裏手の水路。そこには、私の改造ウンディーネが泊めてある。少し広めに造ってある後部座席にクーラーボックスを固定して、手摺に巻きつけてあった鍵をはずす。たぷん。運河の波の流れを受けて、少しだけウンディーネが揺らめいた。 「さ、行きますか」 店指定の緑エプロンをつけたままひとり乗りのウンディーネにまたがって、キーを回す。 お届け先は喫茶『久良岐や』。…亮さん、休憩中じゃないといいなぁ。 |