#1-1




 カラン コロン


「いらっしゃいませー!」

入り口のベルが鳴ったらご挨拶。
明るい声とさわやかな笑顔で高得点。しかも、これが出来るのは今、当店には私しかいないのが哀しいところ。

…なんてことを今日も考えて、手に持った焼き立てパンのトレーに気を配りつつ、満面笑顔で振り返る。


「あ、えと…」


なんと、びっくり。お客様は深窓のお嬢様でした(私比)

裾が大きく広がった淡い桃色ワンピースに、一夏越えた後にも関わらずまっ白な肌。
さらさらの髪の毛に高級そうな髪飾り。むむっ、あれは五万はすると見た。なんたって使われてる青のサファイアが小粒ながら本物だ。
しかも外には、屋根と椅子と運転手つきの最新式ウンディーネが鎮座してるとくれば、誰がみたってお嬢様だと判断するはず。しかも店に入りなれてなさそうなこの態度。間違いなく深窓のお嬢様!

「いらっしゃいませ!どうぞ、ゆっくり見てってくださいねー圭介さんのパン、そこらの高級店舗なんか眼じゃないくらい美味しいですから」

はじめてのおつかい、って感じに緊張してるお嬢様に、とりあえず笑顔で言ってみた。
うーん、私ってば店員の鏡だね。敵意ゼロ、下心ゼロ、サービス精神マックス!パン屋の店員選手権とかあったら、絶対上位で入賞できる気がします。たぶん。
…なのに目の前のお嬢様。未だに態度が変わらないって、いったいどういうことですか?

「あ。もしかして、セルフのパン屋さんって初めてですか?」

ピロリロリンって音を鳴らして頭の上で豆電球が光った気がした。そうか、その可能性を忘れていた。
うちの店は、世間一般ごく普通の街パン屋。店に入ったらトレーとトングを持って、自分で欲しいパンを選んでレジに運ぶセルフ形式だ。…お金持ちの利用するパン屋さんのことはわからないけど、もしかしたら買い方不明って可能性もあるもんね。
そう思って、持っていたトレーを棚に並べてから、入り口脇にあるふたつを持って差し出してみる。
しかし、お嬢様はそれを受け取ってはくれなかった。なんで!

「えっと…もしかして、パンを買いに来たんじゃないんですか?」
「あ、は、はい!」

ビンゴ。
でも、まあ。よくよく考えてみれば当たり前だ。こんなお嬢様が、わざわざ自分の足で街のパン屋に買い物に来るなんてあるわけない。
そりゃ、圭介さんの作るパンは世界一美味しいし。個人的には地球の裏側からだって買いに来て欲しいくらいだけど。そうもいかないのが商売の哀しいところ。

肩をすくめて、トレーとトングを元の場所に戻す。
私よりも少しばかり低い位置にある彼女の顔が、視線を合わせるために上を向いた。
ちょっぴり潤んだ瞳。きつく結ばれた唇。
うーん…これ、私が男だったら押し倒されても文句言えない体勢なんじゃないだろうか。ただでさえ可愛らしい女の子なのに、上目遣いとかオプション付いたらさらにドキドキが増しちゃうよね。

「あ、あの!」

決意に満ちた光が輝く。
ワンピースの裾をぎゅっと握った拳に更に力が加わった直後、お嬢様はかすれた声で叫んだ。



「ち、知恵の木の実を七つ、売ってください!!」