微睡みの箱庭
どすん、と勢い良く背中にのし掛かってきた重さと鈍い音に、影浦と北添は揃って訝しげに振り返った。その正体を真っ先に視界に捉えたのは、影浦だ。なにせ、彼女は北添の背中にへばりついていたものだから、北添には中々その姿を見つけることができなかった。首を限界まで回して漸く目に飛び込んで来たのは、北添の背中にすっぽりと収まってしまう、小柄なの満面の笑みだった。
「なんだ、だったんだ」
「見つかっちゃたー」
「見つかっちゃたー、じゃねーよ。お前、どっからわいてでやがった」
「わいてでる、なんてひどい!奇襲攻撃を成功させるべく、カゲさん見ないように、すっごい頑張ったんですよ!」
「あーだからカゲにも分からなかったんだ」
うんうん、と納得する北添の背中から飛び降りると、は二人の正面に回った。動きに合わせて、彼女の腕に提げられたビニール袋がガサガサとリズムを刻む。随分と大きくパンパンに膨らんだそれに不審な視線を向けていると、もう一方の手に持った携帯電話と同時に思い切り眼前に突き出し、が言った。
「こたつ、貸してください!」
「……はぁ?」
「だってミカンにはこたつでしょ?ちゃんとヒカさんには許可貰い済みです!」
意気揚々と自慢気に提示された携帯の画面には、確かに影浦隊のオペレーターから「許す」の文字。そして、あのビニール袋の中身はミカンだったのか。一瞬で明かされた謎に、影浦は頭を抱える。のしてやったり顔が、妙に憎らしい。が、そう感じたのはどうやら影浦だけだったらしい。隣で、彼女同様の能天気な声が沸き上がったのだ。
「おーいいねぇ、こたつにミカン。冬の醍醐味だね」
「でしょでしょ!ゾエさんなら分かってくれると思ってた〜」
「後はお茶が欲しくなるね。自動販売機で買ってく?」
「駄目だよ、そんなの邪道だよ!安心して、ゾエさん。私、家から茶葉持ってきたから!湯呑みと急須は貸してね」
「うんうん、冬らしくなってきたね」
「ねー」
だらしなく頬を弛めて笑いあう二人の横で、影浦は苛立たしく頭を掻く。別にミカンやこたつ、緑茶に罪があるわけではない。ただ、毎度変わらないこの二人の能天気加減に呆れを通り越して、堪えが効かなくなるのだ。
案の定と言うべきか、影浦の葛藤など欠片も認識していないが、影浦の視界にひょっこりと姿を見せた。彼女の視線には、圧倒的な好意と不安、そして僅かな好奇心が含まれていた。
「ど、どーしました、カゲさん?ちゃんとカゲさんの分のミカンと緑茶もありますよ?!ヒカさんとユズくんにも置いていきますよ!」
「あーうっせぇ。んなこと心配してねーよ」
「えっ、そうなんですか?カゲさん、怒ってるみたいだったから、てっきり私とゾエさんでミカン二人じめすると思ってるのかと」
「んなことで腹立てるわけねーだろ!俺はどんだけ小せぇんだよ!」
「いやいや、食べ物の怨みは怖いんですよ!」
でも、カゲさんが怒ってなくてよかったです。そう言って、胸を撫で下ろす姿にも嘘がないから、余計に影浦は対応に困るのだ。ついでに、傍らで生暖かな目を向けてくる北添の存在も。
自分が黙ったままでいれば、すぐにまた不安な感情を向けてくることが手に取るように分かるから、影浦は舌打ちを鳴らした。結局自分は、この開けっ広げな眼に弱いのだ。
「バカ言ってねーで、とっとと行くぞ」
「えっ!いいんですか?!」
「来たくねぇなら来んな」
「行きます行きます!!さっすが、カゲさん。おとこまえー」
「茶はテメーが煎れろよ」
「めちゃ旨なやつ、煎れちゃいますよ!もちろん、ゾエさんの分も」
早足で作戦室に歩き出した影浦の後ろで、底抜けに明るい跳ねるような声が響く。そして、やはり影浦の背中に突き刺さる感情は温い。再び、には聞こえないくらいに小さく、影浦は舌を鳴らした。
「そういえば、ユズくんに同じ歳のスナイパー仲間ができたってほんとですか?ちまっこい可愛いのが来た、ってヒカさんが言ってました」
「知らね」
「ゾエさん、知ってる?」
「ゾエさんも見てないんだ。ヒカリが逢ったって言ってたよ」
「おおっ、さすがヒカさん!今度是非詳しい話を聞かねば」
結局、自分はまだ、この甘ったるいぬるま湯が嫌いにはなれないのだ。
絶えない会話に何だかんだと相槌を入れながら、影浦は彼らからそっと顔だけを背けた。不快な視線ではない。けれど、ありったけの好感だけの感情と言うものも、むず痒く、正面からは受け止め難いものなのだ。
影浦隊大好きな女の子。
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