白鷺と椿


最後の弾道は、迷うことなく吸い込まれるように小さな的の中心に命中した。そのあまりの完璧さに、ひゅーと当真は口笛を鳴らす。

「相変わらず、えげつない精度じゃねーか」
「あら、No.1狙撃手に褒めてもらえるなんて、光栄だわ」

当真が訓練を眺めていたことに初めから気がついていたのだろう。突然声をかけたにも関わらず、さして驚いた様子も見せないで、訓練台から振り返った女性は、口許を綻ばせて言った。

「No.1っても、さんが射手に転向してからだぜ」
「それは当真くんが訓練を楽しみ過ぎるからよ。実戦での成果はきみの方が上だったんだから、実質的な順位は逆だと、私は思ってたわ」
「不動のNo.1狙撃手にお褒めいただき光栄至極ってか」
「心が欠片も篭ってないわね」

ふざけた調子の当真の頭に、イーグレットの銃口が軽くあたる。「いてー」と大袈裟に反応すれば、「教育的指導です」と冷めた言葉が返ってきた。相変わらず、彼女はつれない態度ばかりだ。

「だいたいきみ、トリオン体でしょう?痛くもないのに大袈裟よ」
「まーねぇ。ほら、心がとか言うだろ」
「唯我くんみたいなこと言わないの。ほら、訓練に来たんでしょう?私は終わったから、どうぞ」
「なんだよ、つれねーな。せっかくなんだ、一勝負しようぜ」

当真が指で狙撃台を示すも、は変わらぬ表情のまま首を振る。それどころか、少ない荷物を纏め終えると、それを抱えて訓練場を後にしようとする始末だ。つれないにも程がある。当真は大きく一歩を踏み出して、の腕を掴んだ。

「こらこら、あっさりし過ぎだろ」
「当真くんには申し訳ないけど、このあと射手の訓練もしたいのよ。フリーの時間は限られているから」
「真面目だねぇ。この間、出水に聞いたぜ。模擬戦で米屋ブッ飛ばしたんだろ?射手に転向して一年足らずなのにスゴイ、って言ってたぜ」

元々狙撃手として現場でトリオン兵を撃ちまくっていたときから、彼女の実力はずば抜けていた。トリオン量が極端に多いわけではないが、敵の動きの先の先を読み、確実に仕留める弾を放つ。得意だったのは三連狙撃で、緻密な戦略と制度の高いトリオンコントロールを駆使し、一発目で体制を崩し、二発目で避ける先を限定し、三発目を的中させる。に言わせれば、外す弾はあっても無駄な弾はひとつもないのだそうだ。まあ、連射が容易ではないイーグレットで三発も続けて撃っている段階で、最早常人ではないのだが。
そのくらい高い実力を身に付けるだから、射手としての実力もそれなりのものだろう、と当真は当然思っていた。しかし、当真からの賛辞を受けたは、まるで初めて弾を的に当てた訓練生のように、頬を赤らめと目をキラキラとさせる。

「出水くんが認めてくれたの…?それは、嬉しいわ」
「ちょっ、俺の時と反応違くねぇ?」
「当真くんはふざけ半分なんだもの。でも、射手として実力者の出水くんにそう言ってもらえると、少しは私も役に立てそうで、嬉しい」

そう口の端を弛めるに、胸中どろりとしたものが渦巻いてしまうのは、仕方がないことだろう。当真は不機嫌さを隠すことなく、ふーんと口を尖らせた。

「こら、拗ねないの。当真くんの実力を認めてない訳じゃないんだから」
「そりゃ知ってるさ。けどよ、俺としちゃ、あんたが射手に転向して引退したってことも、未だに引き摺ってんだぜ?」
「それこそ、当真くんに引き摺られても困るわ。だって、大学を卒業したら現場を引退することは、ずっと前から決めていたもの」

言い切るの表情は、後悔の欠片もみえない清々しさに溢れ、入り込む隙間も見当たらない。悔しさを呑み込んで冗談混じりに見せてはいるが、当真からすれば必ず越えてやると決めていた対象が、するりと掻き消えてしまったようなもので、引き摺らない訳にはいかなかった。ましてや相手が憎からず思っている相手なら尚更だ。
けれどは、狙撃手としてそれなりに交流のあった当真に一切の相談も報告もなく、なんの前触れもなく射手に転向し、大学卒業とともに現場を離れた。彼女の唯一無二の行動原理に沿うように。

「卒業後は、絶対にボーダーに就職して、城戸司令のお役に立つ。それが、私の総てだから」
「……だから狙撃手じゃなくて、射手ってか」
「ええ、そうよ。狙撃手は性に合っていたけど、ボーダーに内定が決まって、城戸司令の直属に配属されることが分かってからは、遠距離でも近距離でもない防衛手段が必要だったから。城戸司令を、護るために」

それが当然のことのように告げて、は自身の手首を掴む当真の手からそっと逃れる。今の当真には、追い縋ることすらできなかった。それくらいに彼女の意志は明確で、不動だった。

「私はそろそろ戻るわね。休憩時間、終わりだから。またね、当真くん」

綺麗に微笑んで向けられた背は、一度も振り返ることなく出口に消える。一人、残された当真は大きく一息つくと、首を回しながら狙撃台へと向かった。挑むのは当然、先ほどが行っていた上級者向けの訓練で、まずは彼女の記録を上書くことからと、イーグレットを構えるのだった。



司令至上主義の23歳事務員と。
研究員のスカウト事情とかは捏造です。

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