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きみこいしはる 僅かに生まれた隙を付いて、一気に距離を詰めると、の表情に焦りの色が浮かんだ。彼女も純粋な刃の打ち合いでは敵わないことが分かっているのだろう。距離を取ろうと、槍先を受け流しながら後ろに下がるが、同じだけ米屋が距離を縮めるため、それも敵わない。 数度、刃を重ねたあとで、力の入れ具合を変えて槍を振るえば、それを受けたの片手が柄から一瞬離れる。その隙を逃さず、返す刃で大きく彼女の武器を払った。 「しまっ…!」 丸腰になったの姿を捉え、ニヤリと口の端をあげる。止めとばかりに槍を勢いよく薙いだ、はずだった。 「と、思うじゃん」 槍の軌道は、刹那生み出されたイーグレットの銃身に弾かれ、米屋が身体を引くよりも先に、眼前に構えられた銃口が火を噴いた。 * * * 「やったー!ついに陽介に勝ち越したー!!」 個人ランク戦のロビーに歓喜の声が響き渡る。周囲の視線を集めていることもお構いなしに、ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜びを表現するの傍ら、本日の敗者と化した米屋は口を窄めて言った。 「まさかあそこでイーグレット出してくるとはなー油断したぜ」 「へっへーん。見たか、あれぞパーフェクトオールラウンダー見習いの真骨頂ぞ」 「いや、違くね、それ。てか、人の口癖使うなよなー」 「だってまんまと陽介が引っかかってくれて嬉しくって。しかも初の勝ち越しじゃん?もうニヨニヨするの抑えるの、大変だったんだから」 なるほど、やはりあれは演技だったのか。米屋は模擬戦中の彼女の表情を思い返し、納得した。 生来のは嘘を吐くことが苦手で、動作と表情と感情が一貫した単純なタイプだが、戦闘時の彼女はまったく違う。むしろ正反対で、常に最良の一手を考え続け、最後の最後まで次の一手を諦めない「考えて戦うタイプ」の人間だった。 にもかかわらず、先の戦闘では自分の不利な状況に表情を思い切り変えたことに、若干の違和感は感じたのだ。だが、が距離を詰めた戦い方にまだ慣れていないことも事実だったため、装うことができなかっただけだと、米屋は判断した。それが、彼女の策略だとも知らずに、の弧月を弾いた瞬間に勝利を確信してしまった。 「お前、ほんっとに嫌な戦い方するよなーあの近距離でイーグレットを出してくるとか、普通選ばなくね?」 「別にイーグレットをゼロ距離で撃っちゃいけないなんてルールはないでしょ?そもそも私、どんな状況でも、誰とでも戦えるようになるためにパーフェクトオールラウンダー目指してるんだから、当然の選択だよ」 「おーこわ。いつかアレに射手用のトリガーがくっ付くんだろ?死角なしじゃん」 「もー心にもないこと言わないでよ、陽介!通算戦績じゃあ、私の方がボロ負けしてるんだからねー」 頬を膨らませて不満を顕わにする姿は、戦闘時の様子とはかけ離れていて、陽介は妙に安心した。とは中学・高校と同じ腐れ縁だが、およそ半年前に彼女がボーダーに入隊して、彼女と模擬戦を重ねる中で、多少の不安を感じていたのだ。自分の知るがどこか遠くに薄れてしまうような、そんな口にもし難い不安を。 けれど、今のところそんな様子は欠片もなく、佐倉は相変わらずのまま、自分との模擬戦に一喜一憂している。柄じゃないなーと理解しつつ、米屋は密かに胸を撫で下ろした。 「あっ!先輩じゃん!!…とよねやんせんぱーい」 「お、駿くん…と公平」 「おれはおまけかよ」 「緑川はオレがおまけか」 そのまま模擬戦の講評を続けていると、ロビーの入り口付近から小さな姿が駆け寄ってくる。次いでのんびりと片手を挙げてやってきたのは、と同じクラスの出水だ。は、飛びついてきた緑川を受け止めたまま、同様に片手を挙げて返してみせた。 「よーす、。こっちで会うの久しぶりだな」 「そーですよ、先輩!最近、全然個人ランク戦してないじゃないですかー」 「そーだったっけ。確かに駿くんに会うの、久しぶりな気がするね」 「気がするね、じゃないですよ!三週間ぶりですよ!!」 よしよしと緑川の頭を撫でながら話を聞くの様子は、さながら仲の良い姉弟のようだった。そういえば、二人は入隊時期がほぼ同じで、短いC級隊員時代には合同訓練で競い合っていたと聞く。はC級隊員の時期は攻撃手を選択していたから、その頃から気が合っていたのだろう。 実力的にはすでに緑川の方がを抜いているが、との模擬戦は一筋縄ではいかない部分が多い。自分の実力と相手の力量を考慮したうえで、効果的な手を全て打ってくるから、A級に在籍する米屋や緑川と言えども、容易く勝たせてはくれない。むしろ、今日のようにギリギリの戦績になることも多かった。だからこそ、自分も緑川も、との個人ランク戦が止められないのだ。 「今日は時間あるんですよね?この後、オレともランク戦してくださいよ」 「あーごめん、駿くん。この後、隊のミーティングがあるから戻らないといけないんだ」 「え!?先輩、ついに荒船隊に所属したんですか?」 「え、違う違う。私が所属したのは、鈴鳴第一だよ」 途端、ロビーに緑川の驚愕の声が響き渡る。ただでさえA級隊員が揃っていることで注目を浴びているのに、余計に視線が集まってしまったことに出水と米屋は肩を竦めるが、当の緑川にそんな余裕はないらしい。愕然とした表情のまま、に詰め寄った。 「な、な、な、な」 「駿くん、ごめん。さすがに意味わかんないや」 「なんで鈴鳴なんですかー!え、先輩、もしかして転属したんですか!?」 「そうだよーあれ?駿くんに言ってなかったっけ?陽介と公平には言ったよね」 「おれは聞いたぜ」 「オレもー」 「オレだけ無視!?」 「ごめんごめん。伝えたとばかり思ってた。えっと、夏休み前くらいだったかな。鈴鳴に転属したの。だから今は鈴鳴第一に所属してるよ」 あっけらかんとした物言いに、緑川が崩れ落ちる。その顔面は蒼白としているが、は理由までは気が付けないらしく、単純に突然床に膝をついた緑川に驚いて、自身もしゃがみこんで緑川と視線を合わせた。 「ちょっと駿くん、大丈夫?体調悪いの?」 「オレだけ…仲間外れとか、先輩ヒドイです…」 「え、えーそんなに言われちゃうと、私も困っちゃうな。ほんとごめんね、駿くん。悪気はなかったんだよ」 「うううう…」 「機嫌直してよ、駿くん。えっとー今日は無理だけど、今度絶対、ランク戦付き合うから!ね、メールするから、約束しよう」 「……絶対ですよ」 「うん!絶対、約束するから」 ね、と笑って小指を差し出すに、緑川も渋々ではあったが自分の小指を彼女のそれに絡めた。さすが緑川、天然ながらも自分の欲求をしっかりと約束させるあたり、恐ろしい手腕だ。成り行きを眺めながら、米屋も出水も感心する限りだった。 約束を交わした後で、そろそろ時間だと告げて、はロビーを後にした。大きく手を振る緑川に対して、笑顔で手を振りかえしていたの姿が廊下の向こうへ消えると、途端に重い重いため息が吐き出される。もちろん発生源は緑川だ。 「あからさまじゃん、緑川。知らされてなかったのが、そんなに悔しかったのか?」 「いえ…それはまあ、そうなんですけど。でも、先輩が転属って、全然そんな素振りなかったから」 「まーそうかもな。おれも後から聞かされて、すげー驚いたし」 未だ納得いかないといった様子の緑川に、出水も同意を返す。出水自身、転属の話は事後報告として聞いたが、その瞬間には激しく驚かされた。がパーフェクトオールラウンダーを目指していて、荒船に弟子入りしていることも知っていたから、正直「何故」という感想しか浮かばなかったくらいだ。 「オレ、先輩は絶対に荒船隊に入るものだと思ってから、勧誘もしなかったんですよ。何か転属の理由があったんですかね…」 「さあ、おれもそこまでは聞かなかったな」 「よねやん先輩は何か聞いてないんですか?」 これまでの転属の話にまったく参加していなかった米屋に問うと、米屋は彼女が去った後の出口を眺めたまま、んーと煮え切らない返事を返す。 「よねやん先輩…何か知ってるんですね!」 「いや、オレも本人からは聞いてねーよ。まあ、鈴鳴支部の別役はの従弟らしいし?そこらへんも関係あるんじゃねーの」 変わらぬ調子で答えれば、緑川もそれ以上突っ込んではこなかった。しかし、どこか出水から向けられる視線が普段よりも棘を孕んでいたように思えたが、米屋は気のせいだと気が付かないふりをした。 本当に、米屋はから何かを聞いているわけではない。けれど、それでも知っていることはあった。 鈴鳴支部に転属を決めた直前に、彼女が食い入るように繰り返し見ていたログが、いったい誰のものだったのかとか。力よりもスピード重視の戦略を取る彼女が、なぜか未だにスコーピオンではなく弧月を振るっている事実だとか。 そして、そこから推測できる仮定をひとつくらいは持っていたけれど、米屋がそれを口にすることはなかった。 「んじゃ、じゃねーけど、オレが緑川の相手してやろーかねー」 「今日はよねやん先輩に勝ち越してみせますよ!」 「言うねぇ。返り討ちにしてやるよ」 口にしてしまえば、それを受け入れなければいけない気がするから。なんて、らしくない考えを鼻で笑って、米屋は再びブースへと足を向けた。 |