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A級弟と三輪隊 「うおっ。お前ら、今年もすげーな」 素直に驚きと尊敬を表現したにも関わらず、何故か返されたのはのギロリとした視線だった。その手には、パンパンに膨らんだ二つの紙袋と、大事そうに抱えられた白い花束がひとつ。紙袋からは、今にも溢れそうな量のラッピングされた袋やら箱やらが顔を出している。さすがの秀次も、訝しげに顔を歪めているくらいだ。漫画のような眺めを体現した奴が二人もいたら、やっかみも通り越して尊敬するってもんだ。 「も奈良坂も、相変わらずモテるよなー大量じゃん、チョコレート」 「……嬉しくねぇ」 「だったら受け取らなければよかっただろ」 の隣で同じく紙袋を両手に抱えた奈良坂が、呆れたように吐き捨てる。奈良坂だって、別にあの中に好きな子からのチョコが入ってる訳じゃないだろうが、感情をストレートに出す奴でもないからな。それに、あの中にいくつかたけのこが入ってれば、満足なんだろう。…万が一きのこが混じっていた時のことは考えないでおこう。 とはいえ、奈良坂の言うことは尤もだ。はモテる。奈良坂もモテるが、どちらかと言えば美人系な奈良坂に対して、は明らかに年相応の青年の顔をしたイケメンだ。極度なシスコンではあるがコミュ障な訳ではなく、それなりに人当たりは悪くない。特に大して親しくない相手の前ではドでかい猫を被ってやがるから、学校での女子受けは良いだろう。腹立つことに成績も良いらしいし。 だが一方で、世界をさんとその他と割りきってるに、嬉しくもない贈り物を受け取る甲斐性があるようには思えなかった。こいつなら、容赦なく女子相手に「いらねぇ」と言いそうだ。 「確かにお前がそんだけもらってくんなんて、珍しーよな。なになに、学校じゃ優しいキャラだったりすんの?」 「に限ってあるわけがないな」 「奈良坂、テメー!俺のどこが優しくねぇんだよ」 「優しいやつは女子からの呼び出しをすっぽかしたりしない」 「あれは姉さんとの約束があったんだから、仕方ねーだろ。普段は毎回行ってるっての!」 おーおー相変わらず、欠片もぶれない性格で。同じ学校に通い、しかもクラスメイトだと言うと奈良坂は、存外気が合うらしく、お互いの情報をそれなりに把握しあっている。それを奈良坂から聞き出すのは、俺の最近の楽しみのひとつだ。奈良坂も口が軽いタイプではないから、そうそう簡単に漏らさないところが難易度高くて面白い。まあ、口が裂けても言えないけど。 「んで?そのお優しいさんは、なんでバレンタインは漏れなく貰ってんの?」 不満げに奈良坂を睨み付けるに改めて問えば、面倒くさそうに長い長い息を吐いた。その顔には、諦めしか浮かんでいない。 「女の好意を無下にする男は死ね。うちの母親に小さい頃から刷り込まれてんだよ」 中々に過激な回答に、俺も秀次も二の句が次げなかった。の母親って、玉狛の小南に戦闘の基礎を叩き込んだって噂の人だよな。ボーダー初期の攻撃手で、女だてらに忍田本部長ともいい勝負してたって話だ。ログでしか観たことないが、孤月二刀流の防御を捨てた特攻型で、かなりエグい戦い方をしていた印象がある。 「…随分、過激な教育方針だな」 「陽介にしては言葉を選んだな」 「まあ、うちは母親が絶対だからな。多少過激でも、守らない選択肢がそもそもないんだよ」 若干どころか明後日の方へと向けられた視線が、の母親の凄さを物語る。てか、こいつ相手にそこまで言わせるってどうよ。しかもさんの母親でもあるってんだから、世の中不思議なことだらけだ。 まあ、その母親の教えのお陰で、今日はに夢見る多くの女子高生が救われたんだから、良いことなんだろう。たとえ自分が渡したチョコレートを、秀次に「食うか?」と渡そうとしていたとしても。…いや、これはあんま良くないよな。 「お前なー女子の好意とか言うなら、秀次に分けようとすんなよ」 「米屋もいるなら勝手に持ってけ。どうせ俺だけじゃ食いきれねーんだから、撒いたほうが無駄にならないだろ」 「…ちなみに去年は?」 「玉狛の連中と食った。陽太郎が喜んでたな」 「お前なぁ…」 のあっけらかんとした態度をみる限り、誇張とか照れ隠しとかでなく、本当にお子さまに食わせたんだろう。そして、何事もなければ今年も同様の末路を辿りそうな紙袋の中身に、さすがに同情しか浮かんでこない。俺が女子だった、あまりの仕打ちに防衛任務中の不可抗力を装って、背中から孤月で突きそうだ。 「お前、絶対いつか闇討ちされんな」 「なら相手がか弱い女子だろうと、構わず返り討ちにするだろうな」 「あー確かにな。容赦とかないもんな、お前」 「…お前ら、今すぐ蜂の巣になりたいなら、そう言えよ」 先ほどよりも座った目で俺と奈良坂を交互に見据えて、はブレザーのポケットに手を伸ばす。ちなみにあのポケットには、間違いなくトリガーが入っている。 こりゃ、早いとこ換装しといた方がいいか、と俺が自分のトリガーに手を当てたところで、不思議なことにはピタリと動きを止めた。どうやら、トリガーを掴もうとするには、抱え込んだ花束が邪魔らしい。てっきり花束の方をどうにかするかと思いきや、はもう一度しっかりと白い塊を抱え直した。それはもう大事な大事な何かを手にするような扱いは、乱雑に詰め込まれた紙袋の中身たちとは明らかに違った。 「…やけに大事にしてるな」 「ん?あぁ、これ?」 あまりにもらしくないの行動に秀次が尋ねる。花束に視線を落としたまま、は今日一番の柔らかな声音で言った。 「当たり前じゃん。これは、俺から姉さんに渡すバレンタインなんだからな」 「……は?」 「だから姉さんに渡すんだよ。日頃の感謝を籠めてな。欧米じゃ、男から渡したっていいんだろ?」 「いや、まぁ。そうらしーけど…さんに渡すの?マジ?」 聞き返したところで、の答えが変わるわけないことは分かっていたが、それでも聞かずにいられなかった。だってが持つそいつは、ひとつひとつの花自体は小さいが、抱え込めば胸全体を隠すくらいに立派な花束だ。包装だってかなり凝ってるし、バレンタインというイベントを念頭において見れば、間違いなく「本命」宛のプレゼントだろう。百歩譲って家族にバレンタインのプレゼントを用意するのがアリだとしても、実の姉に対してこれは、ない。 中々に信じがたい事実に奈良坂に目配せするも、返されたのは無表情のままの頷きだけで。呆れるべきなのか、通り越して尊敬すべきなのか。反応を選べないまま、困惑するしかなかった。 「俺が今日、本部来たのだって、姉さんにこれを渡すためだからな」 「マジかよ!」 「んなことで嘘ついてどーすんだよ。いつも言ってんだろ、姉さんは特別なんだって。俺は普段は母さんに逆らわねぇけど、姉さんのためなら話は変わるしな」 拗らせてる、とは思っていたが、俺の予測の遥か先までぶっ飛んでるの感覚に、俺は結局尊敬することを選んだ。内容は別にして、ここまで一貫してることなんて、あんまないだろ。さんは喜ばないかもしれないけど。 「あーなんつーか、さん、ヨロコンデクレルトイイナ」 「なんで片言なんだよ」 その後、が無事にさんに花束を渡す場面を目撃したが、さんは一瞬面を食らったあと、ふわりと表情を綻ばせていた。 ちなみに、が抱えていた花の名前がカスミソウで、その花に付けられた花言葉のひとつが「永遠の愛」であると奈良坂に聞いたのは、バレンタイン翌日のことだった。 |