A級姉弟と三輪と米屋
「だーかーらー!玉狛に早く転属しろって言ってるだろー!」
個人ランク戦のロビーは、今日もたくさんのC級隊員と、幾人かの非番の正規隊員で溢れていた。
その中でも、一際人目を集めているのは、間違いなく俺と姉さんだろう。まあ、ぶっちゃけ俺がさっきから騒ぎまくっているせいでもあるが、そうでなくとも俺と姉さんのコンビは目立つ、らしい。情報源は米屋のアホだから信憑性は三割程度だとは思うが、俺たち姉弟は本部でも結構な噂になっているのだと言う。
今も生身に突き刺さる視線は結構なもので、どちらかと言えば他人に無頓着な俺でも気付くほどの囁きがあちこちで発生していた。にもかかわらず、俺の姉貴様はさして気にした様子も見せず、手元の携帯に目を向けたまま言うのだ。
「、ランク戦しに来たんじゃないの?」
「今、それどっちでも良くね!?」
「良くない。ランク戦をしに来たんじゃないなら、用事を終わらせて早く支部に戻りなさい」
「用事は終わってません!姉さんを説得しに来たんです!」
俺の必死な訴えにも、姉さんの反応は芳しくなく、どこ吹く風といった調子でさらりと流す。いつもと変わらなすぎる反応に涙もでない。たまには真剣に受け止めてほしいもんだ。
「姉さんは近界民に抵抗がある訳じゃねーし、小南だって悠一さんだっているんだぜ。玉狛に来る支障はないだろー」
「私は本部所属で、冬島隊の隊員なの。知ってるでしょ」
「そりゃ、知ってるけど…でも、玉狛は元々母さんが所属してたじゃん。母親の跡を継ぐ的な感じでさ」
「父さんは今も本部所属です」
「………。」
「…」
「だああぁぁぁっ!!とにかく俺が姉さんに玉狛に来てほしいんだっての!」
結局、根負けした俺の懇願にも、姉さんは小さく息ひとつ吐くだけで取り合ってはくれない。俺の姉さん、マジ冷静。そんなところも、好きだけどさ!でも、せめて視線のひとつくらい、こっちに向けてほしいってもんだ。
姉さんの言うとおり、俺たちは姉弟でボーダーという組織に所属していて、姉のは本部に、弟の俺は玉狛支部に所属している。姉弟でボーダー隊員ってのも多くはないし、俺らはどっちもA級ってこともあり、姉弟って言えば大抵のボーダー隊員が知っているらしい。これも、槍バカの話だけど。
まあ、俺の姉さんはちょっとつり目がちで、黙っていると近寄りがたく見えるタイプだけと、気心知れた相手に対して無防備にはにかむところなんか、即落ちするぐらい可愛い。弟フィルター抜きにしても、マジ俺の姉さん可愛い。肩で揃えた黒髪はさらっさらだし、肌は白くて透明感あるし、家事全般得意でボーダーA級隊員とか、ケチの付けようがないってヤツだ。まあ、ちょっと人見知りしたり、意地っ張りなとこもあるけど、それも含めて、俺の姉さんマジ最高。…いかん、思考が脱線した。
「てか、なんでそんなに頑ななんだよー別に玉狛でも困ることないだろー」
「あ、三輪くんと米屋くん」
「スルー!?シカトですか俺のこと!」
ようやく携帯から顔を上げてくれたと思ったら、姉さんの視線は俺を飛び越えて、ロビーにやってきた二人組を捉えていた。…うん、知ってた。姉さんが俺にちょっと冷たいことなんて、数年前から知ってた。
羨ましいことに姉さんに名前を呼ばれた二人組は、俺たち姉弟に気が付きやがったらしく、ニヤニヤ笑って近づいてくる。実際には笑ってるのは槍バカだけだが。三輪のヤツがニヤニヤしてたら、激レア物だ。
「よーっす、。相変わらず目立ってんなー。さんもお疲れっす」
「うっせー、米屋。お前、馴れ馴れしく姉さんの名前、呼んでんじゃねーっぃて!」
頭に走った軽い衝撃に、思わず大袈裟な声が飛び出る。振り替えれば、微かにはにかんだ表情で米屋と三輪を見る姉さんの姿。その右手は、俺の頭を叩いた位置で止まっていた。
「米屋くんも三輪くんもお疲れさま。いつも弟が迷惑かけてごめんね」
「姉さん…ヒドイ」
「いやーこれはこれで面白いんで。てか、はぶれねーよなー。ある意味、尊敬するぜ」
「…馬鹿が」
「おい、そこ!三輪、聞こえてるからな!てか、お前は俺と同類だろーが!!」
俺は実際問題、一般よりも姉さん好きなのは自覚しているが、同じくシスコンな三輪に馬鹿呼ばわりされる謂れはない。俺の主張に米屋も同意して頷いてるくらいだ。まあ、それもどうかと思うが。
にも関わらず、俺と同類のはずの三輪は、俺と米屋の同意など素知らぬ様子で、どうも、と極自然に姉さんと挨拶を交わし合っていた。
「三輪くん、この間は模擬戦に付き合ってくれてありがとう」
「いえ…俺もいい勉強になりました」
「本当?そう言ってもらえると嬉しいな。よければ、また誘ってもいいかな?」
「俺でよければ」
「やった、ありがとう」
「ちょっと待ったぁぁぁー!!」
なに、なんなのこの展開?いつの間に姉さんと三輪が模擬戦し合うような仲になってるわけ?
二人の間に割ってはいった俺に、姉さんも三輪も呆れた目しか向けてはくれないが(三輪は後で切り刻む)、玉狛所属で普段の姉さんの交友関係を把握しきれていない俺としては重大問題だ。そもそも姉さんと三輪って、そんな親しくなかったはずなのに、俺の知らない間に一体何があったんだ?
「何って、米屋くんと模擬戦しているうちに知り合って」
「犯人槍バカかよ!!てか、お前も何、羨ましいことしてんだよ!」
「えー別にの許可いらなくね?」
「いるに決まってんだろ!俺なんか…俺なんか、もう一月は模擬戦してもらってないんだぞ!?」
「本気じゃないと勝負しても、訓練にならないから。米屋くんの弧月捌きは、すごく勉強になった」
「そんなぁ…絶対、槍バカより俺のが強いのに…」
「お、言うじゃん。なんなら今からランク戦、やるか?」
ちょっとばかり目付きが鋭くなった米屋と睨み合う最中、不意にすぐ傍からブーブーと何かが震える音が鳴る。反応したのは姉さんで、米屋と三輪に一言断りを入れて携帯を開いた。瞬間、ほんの少しだけ、それこそ瞬きで見逃しそうな隙間で、姉さんは頬を確かに緩ませた。
「三輪くん、米屋くん。私、待ち合わせていた相手が来たみたいだから、今日はもう行くね。も用事が済んだら、ちゃんと玉狛に戻りなよ」
「さん、誰かと約束してたんすか?」
「うん。ランク戦、カゲくんに付き合ってもらう予定なんだ。あ、来たみたい」
そう言って、俺でも滅多にお目にかかったことないくらいの柔らかな笑みを浮かべて、姉さんはロビーにやってきた影浦先輩の方へと駆け足で向かう。てか姉さん、なんで影浦先輩と約束なんかしてんだよ!あの人、俺の中のブラックリストでトップ5に入ってるぞ…!
「悪ぃ、待たせたか?」
「ううん、時間ピッタリだよ。今日は呼び出してごめんね」
「別に暇してたからいい、ってんだろ。オラ、さっさと行くぞ」
「あ、待って!米屋くん、三輪くん、またね!」
………なんだ、あれ。あの仲良い男女みたいなやり取り、なんなんだ…!
大体姉さんも姉さんだ。影浦先輩なんか、不祥事起こしてポイント剥奪されてんだぞ?そりゃ実力はあるかもしんないけど、姉さんに釣り合うような相手じゃないだろ。姉さんには、当然俺より強くて、格好よくて、安定した収入もあって、姉さんを第一に考えてくれる男気のある奴しか認めねぇし。てか、誰も認める気ないし、影浦先輩なんかもってのほかだろ!
「おーい、」
「…んだよ」
「顔」
「あん?」
「怖すぎだろ。目付き、やべーぞー」
米屋に指摘されなくとも、自分が今どんだけ凶悪な顔をしているか想像はつく。いっそ視線で人を殺したい。切り刻みたい。捻り潰してやりたい。
「…影浦、いつか殺す」
「いやいや、お前、洒落になってねーし!先輩抜けてるし!」
洒落になってない、って洒落のつもりも冗談のつもりもない。俺の姉さんに手を出す連中は、俺が悉く叩き潰してやる。俺から姉さんを奪い取ろうってんだから、当然だろ。
「姉さんに近づきたきゃ、俺を倒してからだっての」
「だけどよ、さん、学校でも意外に人気あるぜ?オレ、告られてんの見たことあるし」
「んだと!?」
「なあ、秀次。さん、結構ファン多いよな」
「俺に聞くな」
米屋の問題発言に、頭が沸騰するくらいに熱くなる。そりゃ、姉さんが魅力的なのは当然だが、告白する奴がいるなんて聞いてねぇぞ…!くそっ、だから俺は姉さんと同じ高校に通いたかったんだ。成績がよかった俺には、ちゃんと進学校に進んでたくさん学んでほしい、と言う姉さんの願いに負けて、姉さんと別の高校に進学した二年前の俺を殴りたい。
「かくなる上は…米屋、三輪、俺に協力しろ。姉さんに近づく男は全員潰せ」
「いや、無理だろ。てか、さんだって高三なんだから、恋愛くらい自由にさせてやれよ」
「それで姉さんが傷ついたらどーすんだよ!俺と父さんの壁を越えない限り、彼氏なんて俺は絶対認めません!!」
「…さん、流石に可哀想だよなぁ」
「……馬鹿が」
米屋の隣で、同志なはずの三輪があからさまな溜め息を吐いた気がしたが、そんなの関係ない。俺から姉さんを奪う男は全員敵。倒すべき相手だ。
まずは抹殺リストの上位に一気にランクアップした、影浦先輩を姉さんの前で負かす。そう決意表明した俺に返された返答は、二人分の嘆息だけだった。
シスコンを拗らせた子が書きたかっただけ。
以下、弟くんのオマケ設定↓
進学校に通う17歳。玉狛支部所属の銃手より攻撃手。
父はトリオン研究者、母は専業主婦(元ボーダー戦闘員)。
異常聴覚(自身が発した音の反射で、物体までの距離・大きさ・
質等がわかる)の副作用を持ち、戦闘中は良く鼻唄を唄っている。
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以下、弟くんのオマケ設定↓
進学校に通う17歳。玉狛支部所属の銃手より攻撃手。
父はトリオン研究者、母は専業主婦(元ボーダー戦闘員)。
異常聴覚(自身が発した音の反射で、物体までの距離・大きさ・
質等がわかる)の副作用を持ち、戦闘中は良く鼻唄を唄っている。
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