|
#3-3
すたすたすたすたすたすた。
すたすたすたすた もしもこれが漫画とか小説だったら、そんな効果音がついたに違いない。 しかも何が哀しいって、その音はひとつじゃなくて重なっているってこと。 そのうえ、先に進んでる音と後からついてくる音の数が同じじゃないって、いったいなんの嫌がらせだ! 「ついてこないでくださいー!」 「なんで僕が探偵擬きに命令されなきゃいけないわけ?それより、もっと早く歩いた方がいいんじゃないの?もう七時に近いけど」 後なんか絶対に振り返ってやるもんか。翼の言葉を聞いて、その決意は更に強く深く刻まれた。 もう七時に近いって、そんなの翼に言われなくたってわかってるし。でも仕方ないじゃん。ウンディーネはターミナルの停泊所に置きっぱなししてきちゃってるから、歩いて帰るしかないし、『久良岐や』からアパートまではウンディーネだと数分だけど歩くと三十分以上はかかるのだ。 これでもかなり早足で歩いてるっていうのに…!密かに自分のコンパスの長さを自慢してるんじゃないか、この男!! 「だから送ってやるって言ったんだ。人の親切を無下にした罰だな」 「翼の親切は裏があるから絶対に受けません。ていうか、翼の世話には絶対ならないって言ってるじゃん」 「あーあーほんと可愛くないな、は。いったい誰の影響だか」 「えーえーそうですねーどこぞの従兄弟をみて育った影響じゃないですかねー」 なおも早足で歩き続けながら繰り返されるつっけんどんな会話の応酬。 私は精一杯翼を怒らせようとしてるのに、言葉を返すたびになぜか翼は声音の端っこで笑っていた。それも、嫌味っぽくではなくて、ほんとに嬉しそうに。 なにが、そんなにうれしいの? 喉まででかかった問いかけは、角を曲がった先の広い水路で待ち構えていた大型のウンディーネを見て霧散した。 こんなに喧嘩腰だって、私と翼は悔しいけれど従兄弟で幼馴染だ。六歳から十二歳まで、長い時間を伊達に一緒に過ごしてきたわけじゃない。 だから、知ってる。 翼は私の従兄弟で、幼馴染で、過保護な保護者のひとりだけど。 それよりも前に、何よりも先に、この男はマティアカンパニーの重役の息子なんだ。 「で、本音のところ今日はなんの用だったの」 「用?そんなの、聞かなくたってわかるだろ?」 「わざわざ『久良岐や』にまで来ておいて、まさかいつもと同じ無駄な小言、言うつもりじゃないですよねぇ」 だから、知ってる。 どれだけ素直に嬉しそうに見えたって、翼が喜ぶのはマティアカンパニーの利になることだけ。 それ以外のことで、翼が動くことなんて、絶対にない。翼の中には、"私のため"なんて文字は、欠片だって存在しないんだ。 「無駄な小言にしてるのはの我が侭だろ?マティアカンパニーの跡取りがこんなんじゃ、先が心配になるよ」 「だったら諦めて別の人を据えたらいいでしょ。ていうか、ずっとそうすればい、って言ってるじゃん」 「それが出来たら楽なんだけどね。まあ、お前がトップになっても僕がサポートするから経営には問題ないし、いい加減諦めたら?自由な時間は十分すぎるほど満喫しただろ」 「私の生活を道楽みたいに言わないで!」 「道楽だよ。いや、ちょっと長い反抗期ってところかな。どっちにしても、は子どもだ」 「子どもじゃない!」 「いいや、子どもだね。そうじゃなかったら、あんな場所で一晩過ごすわけがない」 前を歩いている私には翼の顔は当然見えないけど、低くなった声だけで表情なんて手に取るようにわかった。 前触れなく訪れた不機嫌な空気に、すっと背中が凍る。いや、ちょっと待って。なんでこの人いきなりこんなに怒ってるの?私が跡取りの話を突っぱねるのなんていつものことだし、翼の方を向かないことだって毎度のことだ。 なにかいつもと違うこと、あったっけ? 考えていたら、唐突に後から聞こえていた足音のリズムがずれる。 なに?と思う間もなく、思いっきり左腕を引かれて体の向きを変えさせられた。 「な、なに?」 「、自分が今いくつだか覚えてる?」 「バカにしてるの?自分の年齢忘れるわけないじゃん。十八歳に決まってるでしょ」 「正確には十八歳と三ヶ月。精神年齢は別として、傍からみればもう十分自分で判断のできる年齢なはずだよね」 「精神年齢は別って…どういう意味」 「どう考えても子どもだからね。…これだけ言ってもわからないなんて、本当に呆れるよ」 いや、全然呆れた顔してないから。 どう贔屓目に見たって、今の翼の表情は氷点下の更に下ってくらいに冷たい怒りしか表してない。ていうか、どう考えても睨まれてるよね、私。しかも腕、力籠もりすぎで痛いんですけど。 そんな抗議の意を含めて不機嫌な顔を見上げたら、チクタク数秒の沈黙の後で翼は思いっきり溜め息を吐いた。 「…みたいな子どもでも、一応僕の婚約者なんだ。軽はずみな行動は控えてよね」 「なにそれ」 「ああいうヤツに、気を許すなって言ってるんだよ」 わかれよ、それくらい。 今度は間違いなく呆れた顔で、翼はくいとさっきまでの進行方向を顎で指した。 その先、曲がり角の手前。さっきまでは誰もいなかった場所にいつのまにか現われた、ひとつの人影。 気が付いたら、掴まれていたはずの腕から痛みは消えていて、遠のいていく足音が鼓膜を震わせていた。 「………圭介?」 名前を呼んだら、圭介は不機嫌と上機嫌を混ぜた複雑な表情を浮かべた。
(肩に乗せたままのモモンガくんが、オレもいるよ、と言うように頭に移動した)
△ |