何番目の嘘をしんじれば、わらったのかな



「い、たーーーーーいっ!!!!」


甲高い声が、フラットの一室に響いていた。
庭で剣の練習をしていたアルバの耳にも届くくらい、とても大きな声だった。
気になって、練習用の木刀を持ったまま声がした部屋の窓をのぞいてみれば、予想通りの少女が涙で微かに潤んだ瞳をこちらに向けてくる。

「あっ、アルバじゃん!どーしたの?」
「どーしたのって、ねーちゃんのすごい声が聞こえたから」

そっかそっか、と普段と何ひとつ変わらない笑顔を浮かべ、彼女は解いていた包帯を何事もなかったかのように巻き直していく。
あの怪我は、いったい何時のものだろう。
怪我の原因である、北スラムとの交戦は今に始まったものではない。けれど、ハヤトとトウヤのふたりがフラットに来てからは、数も規模も大きくなっているのはアルバの目からみてもわかるくらいに明らかだった。
まだ、剣すらまともに握れない自分は、戦いに参加することを許されていない。それ以前に、無理矢理戦列に加わったところで、足手まといになるのは目に見えている。
だから、そのことに関してはもう、我侭を言わない。
だけど、悔しいと、思わないわけじゃない。
戦闘のたびに、幼い自分達を護るためフラットのみんなが傷ついていることを、アルバは知っていた。
特に、力が強いわけでも、強力な召喚術を使えるわけでもない彼女は、決して小さくはない怪我をよく負っている。
彼女が、弱いわけではないのだと、以前ガゼルやレイドが話していたのを聞いたことがある。ただ、あまりに自分に厳しすぎて、躊躇うことを知らないのだ、と。

怪我を負って、傷を残して、それでも彼女は戦ってくれている。
手当てをしているリプレの表情が、時折大きく曇っていることも、アルバは知っている。
きっと、完全に治りきらない傷も、沢山あるんだろう。そのひとつひとつを、彼女は隠す。痛いと口にしても、すぐに笑ってしまうから、結局みんなそ知らぬ顔をするしかない。
そうやって、笑って、笑いあって、それで本当に、彼女は倖せなんだろうか。

「…ねーちゃん。怪我、酷いのか?」
「ううん、全ッ然!ちょっとリプレが染み過ぎる薬を塗りたくってくれただけ。これがさーもう、染みる染みる。ほんと、怪我じゃなくて治療で殺されちゃいそうだよー」
「そんな軽口がたたけるなら、もう少し強い奴を今度シオンさんに頼んでおくわ」
「……いや、それはマジ勘弁です、リプレ様」

痛みを、傷を隠して笑ってくれる訳が、わからないわけじゃない。
でも、それを考えた時、無性に自分の弱さを腹立たしく感じてしまうのはどうしてなんだろう。
窓から外した視線で、アルバは自分の両手を見た。
小さくて、柔らかくて、なにひとつ、護ることのできない軟弱な手。いつかこの手も、大きくなって誰かを護れるようになるんだろうか。
フラットのみんなを。妹や母たちを。自分の夢と信念を。それから ――――――――

(一番に、ねーちゃんを)

気が付くと、アルバは開いた手のひらを、強く強く握り締めていた。
この手にいつか、掴めるかもしれないものを決して落とさないように。

大切な人を護るための力を、必ず手にいれられるように。




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