over again



「うぐぐ…あたしとしたことが、こんな失敗するなんて!」

無傷の左手と口を器用に使って右腕に布を巻きながら、が言う。
歯だけとは言えど、何かを銜えたまま喋るなんて妙な特技を持っているなと、自分でもわけのわからない賛辞を送れば、彼女は別に驚くわけもなく素直にありがとうと口にした。

「おまえには嫌味とか皮肉が通じないのか?」
「今ののどこが嫌味で皮肉よ。あたしには、単にソルがあたしの行為を褒めてくれてるようにしか聞こえなかったよ」
「俺は、器用な曲芸してるくらいなら、一言"召喚術使って"って頼めばいいだろ、って言いたいんだよ!」
「えー!そんなのヤダよ。ただでさえ、今日はソルに無理させちゃったんだからさー」

結び終わった布を離して、立ち上がったは何事もなかったように服を掃う。
その足元には、今日の戦利品である少なくない量の金銭と、常備薬にできそうな薬草の数々。
決して軽くはないそれらを、は怪我をしていないほうの手で持ち上げた。

「じゃ、そろそろいこっか。ガゼルたちも多分、日がくれる前には引きあげてるっしょ」
「だといいけどな。あいつ、かなりお前に甘いから、フラットに戻らずに探し回ってるんじゃないか?」
「うーん…ラミとかリプレあたりならいざ知らず、あたしに対してそれはないと思うけどなーま、そのときはハヤトとかが止めてくれるでしょ」

ハヤトなら、ガゼルと一緒になってお前を朝まで探してそうだ。
頭に浮かんだ言葉は、実際問題現実に起こりそうだったので口に出さず、の後に続いて歩きはじめる。
家族に甘いガゼルは元より、ハヤトは「チュウガクジダイノドウキュウセイ」などというわけのわからない繋がりを掲げて、なにかというとを心配している。目に見えて行動にはうつさないものの、トウヤだって似たようなものだ。

(こいつに怪我させたなんてばれたら…殺されるかな)

簡単に施された白い手当ての跡と目が合えば、思わずその下に隠れた傷が出来たときのことを思い出す。
森の中、はぐれ召還獣との戦闘で分断されてしまったのは、余裕ぶっこいて前に出すぎたハヤトとガゼルの責任だが、すぐそばまで近づいていたはぐれに気付けなかったのは俺のミス。とっさに召喚獣と俺の間に入ってくれただったが、襲ってきた相手の数が違いすぎた。ハヤト達直接攻撃に強い面々との距離はかなり開いていたし、その間にも敵の壁。当然、俺とには敵を撒きつつ森の奥へと後退するしか選択肢が残されてはいなかった。
幸いと言うべきか、逃げた方向が森の出口に向かっていたらしく、俺とは遭難することなく無事に見覚えのある街道に抜け出ることができた。もちろん、ふたりで相手をするには少々厳しい数のはぐれをひきつれてではあったけれど。

「それに、あたしとソルの組み合わせで、地の利があれば負けっこないって、あいつらだってわかってるって!なんたって、ソルは召喚術のエキスパートだしね」
「前衛には難が残るがな」
「あたしは基本後衛なの!装備だって普段はロッドでしょ!!」
「ロッドってのは、召還獣を殴って黙らせるものだったっけ?」
「使い方は人それぞれっ」

そんな傷だらけの状態で胸を張られても、説得力の欠片もない。
だいたい、「ハヤトに使えてあたしに使えないなんてありえない」なんて理由で召喚術をメインに戦おうなんて、元が直接攻撃タイプの人間が考えることじゃないだろう。今日だって、見栄を張らずにナイフだけじゃなく、長剣を持っていればもっと楽に戦えたはずだ。
俺を庇ってうけた傷だって、もっと減らせただろうに。

「…ほんと、馬鹿だよな、お前」
「いや、そんなしみじみ言われても。  あ!でもさ。そんなこと言ったら、ソルだって馬鹿っぽいとこあるじゃんか」
「はぁ!?」
「あるある!てか、最近キールとそのこと話してたんだよねー
 もともとが無愛想のキールでさえ、フラットに馴染んだのにさーどうしてソルは馴染みきれないんだろうね、って!そしたらキールが、ソルは馬鹿だから悪いんだよって言ってたもん」
「キールが…?」

どうでもいいが、その結論はおかしいだろ。どうして馴染みきらないことが、馬鹿だからなんて結論になるんだ?だいたい、俺はもう、十分すぎるほどあの空間に馴染んでる。それこそ、自分でも信じられないくらいに。

(否、信じたくないくらいに)

はじめはもちろん、打算ばかりだった。
魔王が入り込んだかもしれないふたりの少年を見張るため。それだけの、器でしかなかった。たとえそこに自分がいても、それはガラスケージの中のネズミを見つめる観察者でなければならなかったし、俺はそうあろうとしていた。あくまで彼らは調査対象であり、透明な壁を1枚隔てた世界には、決して温もりなど届かない(それを楽々乗り越えて、飛び出したネズミもいたけれど)
けれど、無色の派閥と言う括りから、少しだけれど抜け出せた今は違う。
照れくささやくすぐったさを感じるのと同時に、俺は直接、彼らに触れている。
だからこそ、言える。


「…俺は、フラットを"家"だと思ってる」


小さかったかもしれないが、その言葉は詰まることなく自然と口にすることができた。
それなのに、振り返ったは、大きな目を更に丸くして何度も瞬く。その口からは、今にも馬鹿じゃないの、と1番聞きたくない言葉が飛び出してきそうだ。

「ソルって…ほんとに馬鹿だったんだ」
「しみじみいうな!しみじみ!」
「えーだってー!そんな当たり前すぎること、今更口にして照れてるんだもーん」
「照れてない!」
「ハイハイ、ソウデスネー鈍チンでお馬鹿なソルくんは、恥かしがっているのですよねー」
「…………ツヴァイレライをよんでほしいらしいな」
「すみませんごめんなさい全面的にあたしが悪かったです」

紫色の石を取り出せば、さすがのも渋々ながら静かになる。
けれど、俺が召喚石をしまったとたん、速度を落としたが隣に並んでこちらを向いた。
こっちの世界では珍しい真っ黒な瞳は、こんなときなによりも目を逸らしたくなる。の瞳は、嫌になる位に、俺が世界で1番嫌いなものを、鮮明に映す。それも、見たくないときに限って、はっきりと。

「ソルってさ。今までフラットに帰ったとき、"ただいま"って言ったことないでしょ」
「え?」
「ないんだよ、1回も。キールはいっつも言うけど、ソルは言ったことないんだよ。さすがにお邪魔します、とは言わないけどさ。でも、"ただいま"も言わないんだよ」

それくらい、1度はあるだろ、と反論しようと思ったが、考えてみればそうかもしれない。
町に買い物に出かけて帰ったとき。今日のようにフリーバトルに出て戻ったとき。イムラン達との話し合いが終わったあと。
フラットの扉をくぐって、1度でも俺は、"ただいま"と口にしたことがあっただろうか。

「………………ない、か?」
「だから、ないんだって!
 別に、あたし達だってそんなこととやかく気にするわけじゃないけどさーでも、ソルがフラットのこと、本気で"家"だって思ってるんなら、自然に出てもいい言葉じゃん?それが1度もないなんて…キールじゃないけど、ソルのこと心配になっちゃうよ」

( ―― 『ソルは馬鹿だから悪いんだよ』)

キールの言葉は、信じられない位に深く、どこかに刺さった。

「…ほんと、今更だな」
「今更、今更。ハヤトとかガゼルがいたら、お馬鹿過ぎて話せないくらい、今更な話」
「だな。特にハヤトなんか、腹の底から笑い出して、腹筋がつるまで転がってそうだ」

そう言いながら、自分が声を出して笑っていることに気がついた。
今更、今更と繰り返しながら、ステップでも刻むようにも笑う。
夕刻に入って沈み出した日。きっと、フラットに戻ったころには完全に沈んで、外は真っ暗になっているだろう。帰っても、ガゼルやハヤトはいないかもしれない。リプレあたりに、こてんぱんに怒鳴られるかもしれない。暫く、外出禁止命令くらいだされるかもしれない(それから、間違いなくハヤトとトウヤに睨まれる)

「今更…だけど」
「うん?」
「今日は」
「うん」
「帰ったら、言って…みようかな」
「うん!」

怒られても困られても呆れられても笑われても。
今更でも、はじめて、口に出してみようかと思った。
たった4文字の言葉。そこが"家"だと伝える言葉。迎えてくれる4文字を貰える言葉。

「あー…だけど、その前に」
「ん?」
「頼むから、プラーマ、呼ばせてくれ」

考えただけでも顔が火照るくらい、甘ったるい想像を現実にするために。
そう頼み込んだら、は笑って頷いた。




close