永遠など決してないと伝えるための、枯れる花。
「楸瑛くん、お帰りなさい」
名前を呼んで声をかけると、楸瑛くんは落ち着き払った大人の顔を少し緩めて、まだ幼さの残る表情でこちらを向いて笑った。小さな荷を渡された側仕えの笠さんが思わず微笑んでしまうくらいの、ちっぽけだけどはっきりした変化。そんな顔を見るたびに、私でもちょっとは楸瑛くんを安心させてあげられるのかなって身の程を忘れて思ってしまう。だって、そう感じてしまうくらいに、彼は自分に厳しい男の子だから。
「ただいま、。ちゃんと大人しく勉強していたかい?」
「楸瑛くん、わざと言ってるでしょう。信じられないのはわかるけど、こんな姿でも楸瑛くんよりうんと年上なんだからね?」
「わかっているよ。でも、こちらではまだまだ知らないことばかりだと以前言っていたからね」
「…勉強は楽しいわ。わざわざ先生まで呼んでもらって、楸瑛くんには感謝してます」
「君みたいな可愛らしい姫君のためなら、私はなんだってしてあげるよ」
冗談めかして、楸瑛くんは私の頭を優しく撫でた。
まるで子どもにするみたいに眼差しを落として、だけど私は対等のように振舞って。私からみればまだ十五歳の楸瑛くんは遊び盛りの子どもだけれど、周囲から見れば私の方がまだまだ庇護の必要な九歳の子ども。夢みたいな今の状態を、不思議なことに楸瑛くんは寛大に受け入れてくれている。
初めは生意気な子どもの戯言だと思われているのかとも思った。けれど、こうして頭を撫でられていても、彼は私に対して優しさや甘さだけを持っているわけではないことがありありと伝わってくるから。だから私も甘えるわけにはいかないのだと、見た目のままでいるわけにはいかないのだと強がることができるのだろう。
「そういえば、楸瑛くんが出掛けている間に龍蓮くんが遊びに来たの」
「龍蓮が?…そのわりに、邸の者は平然としているようだけど」
「まあ、邸に居たのはほんの少しだけで、殆どお散歩してすごしたからね」
「…また、君に迷惑をかけてしまったようだね」
「迷惑なんかじゃないわ。楸瑛くんに用事かと思ったんだけど、留守だったでしょう?だから龍蓮くん、元々私に逢うつもりだったんだって嘘まで吐いてくれて、この近くを案内してくれたの。私の方が気を遣って貰って、申し訳なかったくらい」
楸瑛くんは私と龍蓮くんが逢うといつも申し訳なさそうな顔をするけれど、私からしてみたら楸瑛くんも龍蓮くんも同じくらい大人びて優しいと思う。
けれど、そう言えば必ず楸瑛くんは酢を飲んだようななんとも言い切れない顔で言葉を濁す。私にはわからないけれど、楸瑛くんには楸瑛くんなりに何か思うところがあるのだろう。私とは違って、子どもの頃から子どもであることを良しとされなかったという二人だから。
「…それより、楸瑛くん。龍蓮くんとお散歩した時に、綺麗な花が咲いてる原っぱに連れて行ってもらってね。龍蓮くんが構わないだろうって言ってくれたから、少し摘んできたんだけど…楸瑛くんの室に飾ってもいいかな?」
「へえ、弟がそんな場所を知っていたとはね。どんな花が咲いていたんだい?」
「色々咲いていたんだけど…蓮華草が多かったかな」
「春らしいね。後で花器を用意させるよ」
「あ、それは大丈夫。OK…じゃなくて、許可を貰えたらすぐに持っていけるように、笠さんにお願いしてもう生けてあるから」
「さすが、行動が早いね」
そう言った楸瑛くんの顔が、さっきよりも少しだけ曇ってみえた。
隠そうと思って、けれど少しだけ零れてしまった本音の部分。何に対して、そんな気持ちを抱いてしまっているのかは私には全然わからない。だから私の言葉や行為が目の前の強がりな男の子にどんな影響を与えてしまうのかもわからない。
だけど、それでも私は彼よりうんとお姉さんだから。
気付かないふりをして、彼の強がりを受け入れて、心の底から笑ってみせた。
「ねえ、楸瑛くん。『私の苦しみを和らげる』なんだよ」
「うん?」
目を瞬かせて動きを止める、なんて可愛い反応を見せる楸瑛くんの室とは反対方向に足を向けて、首だけを回して彼を見上げた。
こんなこと、面と向かって言うのはやっぱり恥ずかしいから捨て台詞みたいにしてしまうけれど、同じだけの気持ちを蓮華の花に詰め込んで貴方に贈るよ。
永遠ではないかもしれない。だけど、今の私の感謝の気持ち。全部込めて告げれば、楸瑛くんはやっぱり目を丸くして硬直してしまった。
「蓮華の花言葉。
それと、私から楸瑛くんへの感謝の気持ち、だよ」