れかけた

君と僕のノスタルジア







たとえばダンボールの中からオレの記憶の中にある懐かしい目覚まし時計を見つけたり、ちょっとした仕草や対応が全然変わってないことに気付くたび。
どうしようもないくらいにオレは、嬉しくて、嬉しくて仕方なかった。

こんなの、には迷惑かもしれないけど。




「お昼?が、食べてけって?」

の伝言を獄寺くんが伝えに来てくれたのは、棚につめる本が残り十冊くらいになったときだった。

最初はタイトル順にしたらいいのか、サイズで分けたらいいのか、書いてる人の名前で並べたらいいのかとか、色々悩んでいたせいで全然進まなかった作業だったけど、山本が手伝いに来てくれたおかげで思いの他に早く終わりそうだった。オレとは違う、山本のこういう決断力はやっぱりすごいと思う。というか、オレが悩みすぎなのかもいしれないけど。
自分のダメさ加減は自分が一番よく知ってるから、手伝いに来てくれた山本に素直にお礼を言ったら、山本はどこか煮え切らないにように曖昧にはにかんだ。山本にしては珍しい表情だった。なんだろう。首を捻っていたら、山本は頭をかきながら小さく笑って言った。

がさ、ツナを手伝って来てくれって言ったんだ』

その時の山本の顔は、今の獄寺くんとそっくりだった。自然にオレが思い出せるくらいに瓜二つな、小さな苦笑。あ、獄寺くんもこんなふうに笑うんだ。もしかしたら本人も気付いていないのかもしれない。それくらい、獄寺くんにしては珍しい表情だった(山本もちょっとびっくりしてるし)

がそういうなら、いいんだろうけど…山本、時間大丈夫?」
「ん、ああ。てか、なんか悪ぃな。大して手伝ってねーのに昼飯ご馳走になっちまうなんて」
「あーでも、ってそういうの気にしてないと思うよ」

むしろ、で山本とは逆のことを気にやんでそうだな。手伝ってもらってるのに、ご飯くらいしかご馳走できなくて申し訳ない、とか。だって、のやつオレが手伝いに来たときから、何度も何度もオレにだって確認してくるくらいだし。中学生の夏休み。こんなところにいていいの?って顔して、すっごい申し訳なさそうに聞くんだ。
オレは、ここにいたくて手伝ってるのに。
人が困ってるだろうことにはすぐ気付くくせに、オレがそう思ってることには全然気付きもしない。うん、やっぱり変わってないよな、そういうとこ。

「んじゃ、お言葉に甘えるか。本棚終わったら、あとは食器だけだろ?」
「うん。細かいものはがあとでやるって言ってし…それくらいかな」

話しながらも山本は残っていた本を空いたスペースに綺麗に並べていく。オレも手伝わなきゃ、と手を伸ばしかけたときには最後の一冊が本棚に吸い込まれていった。ああ、もう!オレってば全然役に立ってないじゃんか!上から七段分、きっちり埋まった本棚を眺めてなんか無性に情けなくなった。
本の整理に時間がかかったのだって、本当は並べ方を悩んでいたことだけが原因だったわけじゃない。一冊、タイトルを確認するたびに、手が止まっていたのが問題だった。
だって、覚えてるんだ、オレでも。
あ、この本の好きだったやつだ、とか。こっちはオレが貸してもらって、八ページで挫折して笑われたやつ。こっちのはの誕生日に母さんがプレゼントしたのだし、山本が最後に並べたのは、がおばさんに我がまま言って貰ったっていう一番のお気に入りだったはずだ。

ああ、もう。本当になんでなんだろう。
朝、家を訪ねて、に逢って、ダンボールの中の色んなものを手にとって。
頭に浮かんでくるのは、一年と半分前のことばっかりだ。

変わらない、なんてことあるわけないって分かってるくせに。どうしてもどうしても、どうしても探してしまう共通点。わかってる。こんなのオレの我がままで、こんな気持ち押し付けられてるにとっては、迷惑以外のなにものでもないんだって。
それなのにオレは、がオレの知ってるだって、知らない人間じゃないんだって思い込みたいだけのために、こんなことばっか考えてて。

(オレ…やっぱり、ダメツナだ)

隣では、山本が上から順番に本棚の本を確認して満足そうに笑ってる。知らない。こんなふうにの家にいる人を、オレは知らない。当たり前だ。だって、山本は今日初めてに逢ったんだから。
反対側では、獄寺くんが珍しく黙り込んで下を向いてる。そういえば獄寺くん、今日はいつもよりも随分静かな気がするな。山本がいると大抵ダイナマイト(信じられないけど!)持ち出してのドンパチ騒ぎになるのに、今日獄寺くんが怒鳴ったの、一回だけじゃなかったっけ。

「…獄寺くん、どうかした?」
「!!」
「なんか今日はいつもより静かっていうか…調子、悪そうだなーって。あ、間違ってたらごめん!」
「い、いえ!10代目にご心配をおかけしてしまうなんて…!申し訳ありませんッ」
「あ、いや、そういうわけじゃ」

そりゃあもう、直角!って言葉が似合うくらいにオレに頭を下げた獄寺くんだったけど、そのあとで見えた表情はやっぱりいつもの獄寺くんとは違う。なんだろう。別に今日はビアンキがいるわけでもないし、オレにはわかんない何かがあったとか?「どうしたー?」っていう山本の声を聞きながら、足りない頭で考える。途中、獄寺くんが消え入りそうな小さな声で呟いた。


「え?がどうかした?」
「10代目の、幼馴染…なんですよね」
「うん…一年半くらい前に、イタリアに引っ越しちゃったから、それまでのだけど」

オレの言葉を聴きながらも、獄寺くんはずっと下を向いていた。あ、これ。オレの、知らない顔だ。獄寺くんと逢ってから、初めて見た顔だった。
もう一度どうしたのかと聞こうとしたら、俯いていた獄寺くんがいきなり顔をあげて、「なんでもないっス!」と笑いながら首を振った。どうみたって嘘だってバレバレの態度だったけど、オレが何かを言うよりも先に

「そっか。んじゃ、そろそろんとこ戻っか」

って山本が提案したことで話は途切れてしまった。
煮え切らない、なんか引っ掛かりが残った幕切れだったけど、部屋を出る時に見えた獄寺くんの横顔が山本の判断が正しかったんだって言っていた。
あれ、でもちょっと待てよ。今、獄寺くんが変な顔したのって、の話をしたからじゃなかったっけ。それって、獄寺くんがのこと、知ってるってこと?
またひとつ、浮かんだ違い。
知らない。獄寺くんと知り合ってるなんて、オレは、




「あ、やっと来た。中々戻ってこないから、獄寺くんが迷子になっちゃたのかと思ったよ」

あと一分ちょいで茹で上がるから、もうちょっと待っててね。
台所に入ると、ガラスの器に盛られたサラダをテーブルに並べるがこっちを向いて微笑っていた。テーブルの上には四人分の食器とサラダが置いてある。コンロの上には、ぐつぐつ沸き立った大きな鍋と、小さな手持ち鍋がひとつずつ。あれ?あの小さい方の鍋、オレんちのじゃなかったっけ?

、それって」
「目敏いね、ツナ。こっちのお鍋は奈々さん特製のあっさりポトフ。さっき今日のツナのお昼を担当させて頂きます、って電話したらお裾分けしてもらえちゃいました。ポトフの付け合せはパスタだよ。あ、ふたりともちゃんと手洗ってきてね」
「はははっ、なんか、お母さんみたいだな」
「…そこまで歳じゃないです。って、あれ?獄寺くんは?」
「部屋に携帯忘れたから、取りに戻ってる。多分、すぐ来ると思うよ」

そっか、と顔を綻ばせた表情は、やっぱり見慣れたの顔で。また心臓が、小さく鳴った気がして足が止まった。
ねえ、。オレは、どっちのを知ればいい?記憶の中のを信じたらいいのか、今目の前にいるだけを見ていればいいのか。
どっちも同じだって、割り切れたら楽だけどそんなに簡単なことじゃなくて、やっぱりオレは重なる部分にほっとしてしまう。
そんなオレを、は迷惑だって思うかな。

「ね、ツナ」
「ん、何だよ、
「みてみて、これ」
「これって、トマトとナスと…パスタの具?」
「うん、そう。今日のパスタはね、共食いパスタなんだよ」
「…………は?」

間が抜けた返事だけを返せば、はにへらと企み顔で笑って、嬉々としてパスタの由来を語りだした。
そんなところも変わってないよな。頭に浮かんだ一言を、必死の思いで飲み込んで。変なところに拘ってるに思いっきり笑う山本に、部屋に入ってきたとたん怒鳴る獄寺くんを宥めて。
変わらないがいる、変わらない日常にオレは小さく息を吐いた。



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※久々に幼馴染に逢ったら、結構悩ましい気持ちになるかなーと。
 それにしたって、ちょっとネガティブすぎますかね(苦笑)