きみの好きなもの
大きく息を吸いこむと、柔らかな午後の日差しのにおいが舞い込んできた。
お日様にめいっぱい照らされたあとのふかふかの布団のにおい。
ああ、なんだか気持ちいいな。
芝生の上で寝転びながら、の意識はうとうとと沈みかけていた。
日々の喧騒も自分の宿命も忘れられそうな穏やかな午睡。
うん、それもいいかもしれない。
なんて本気で眠りかけたを現実に引き戻したのは、パシンと額に叩きつけられた誰かの手のひらだった。
「痛っ!」
「人に飯持ってこさせてる間に、なーに自分は寝てんだよ」
「あーテッド。早かったねー」
早かったじゃねえよ。
見上げるの視界いっぱいを占めたテッドは、どこか不機嫌そうに呟く。人の一生よりも遠い過去から、何ひとつ変わらない彼のそんな態度には口元が綻ぶのを止められなかった。本当は少しも怒っていないくせに、長いこと使い慣れすぎてしまったがために何時でも浮かぶ彼のその表情がは好きなのだ。まるで遥か昔、すでに擦れかけた記憶の向こうにいる、友人のように愛おしくて。
叩かれた額を抑えながら上半身を起こしたの隣に腰を下ろしたテッドは、「ん」と短い声と一緒に彼女にバスケットを手渡した。
お礼を言って蓋を開けたバスケットの中には、サンドイッチやお茶といった軽食がふたり分詰まっている。先ほどジャンケンをしてどちらが取りに行くか決めた、ふたりの今日の昼食だ。
「うん、ばっちり。さすがテッド」
「ったく…いきなり昼飯外で、とか言うなよな」
「だって天気がよかったから。たまにはいいでしょ、こういうのも」
しばらく待っても否定の言葉がないことに安堵して、は持参していた大きめの布を広げた。その上にお茶、サンドイッチ、ポテト…と取り出していくと、何も言わずにテッドがそれらをふたりの前に並べ直してくれる。
なんだかなーと彼の手の動きに眼を向けていたは、ふと視線を戻したバスケットの中に残った包みを見つけて「?」と首を傾げた。
「ねえねえ、テッド」
「んー」
「これ、なあに?」
「…開けてみればいいだろ」
薄い緑のペーパーナプキンに丁寧に包まれたそれは手に持ってみると意外に軽く、光に透けるシルエットから円を8等分にしたくらいの扇型であることがわかる。これも昼食のひとつだろうか、とも思ったがバスケットの中身はこれで最後で、扇形の包みはひとつしか入っていなかった。他のものは全部ふたつずつだったのに。なおも首を傾げたまま、促されるようにはナプキンの端を止めていた紐をほどいた。
「…!」
手のひらの上で姿を表したそれをみて、はなんと言っていいのかわからなくて言葉を失くした。
反射的にそれを持ってきた張本人の方を向けば、テッドは顔を隠すように反対側を向いている。けれど、ほんのりと赤く染まった耳までは隠しきれておらず、彼がどんな気持ちでそれを持ってきてくれたのかがにもありありと伝わってきた。
はナプキンの上に乗ったチーズケーキを両手で包むように持ち直すと、大きな確信と少しの不安をまじえて尋ねてみた。
「覚えてて、くれたんだね」
「あれだけ好きだ好きだって言われりゃ、嫌でも覚えるだろ」
「そ、そんなには言ってないよ!週1くらいだよ!!」
慌てて言い返すの声があまりに必死だったのか、そっぽを向いたままのテッドがぶっと吹きだして、それから堪えきれないと言わんばかりにお腹を抱えて笑い出した。
「……笑いすぎです」
「ははっ…!だ、だってお前!それ、全ッ然フォローになってねえだろ」
「〜〜〜〜〜〜っ!
好きなものは好きなんだからしょうがないの!」
そう言って、今度はの方が頬を膨らませてテッドとは反対の方を向いてしまう。
けれど、そっぽを向いたまま待っていても彼は全然声をかけてこない。1分も持たずに不安になってしまったが窺うように首を回すと、そこで待っていたのはにやにやと勝ち誇ったように笑う彼の顔。
はめられた。
が再び口を開きかけると、それを阻んでテッドが言った。
「別に好きなら好きでいーじゃねえか。ハイ・ヨーさんに頼んで作って貰ったんだから、ちゃんと食えよな」
「…そういうふうに先に折れちゃうから、テッドは卑怯なのよ」
「ん?なんか言ったか?」
「なんでもないですよー」
『ハイ・ヨーさんに頼んで作って貰ったんだから』
それはつまり、テッドが自分の好みを知ってわざわざ頼んでくれたということで。
本人はきっと意識して言ったわけではないのだろうに、そんな些細な一言に嬉しさばかりが生まれてしまう。
(普段はこれでもかー!ってくらいに素っ気無いくせに)
いつの間にか自分の分のサンドイッチを頬張りはじめているテッドを横目に、はもう一度手の中のチーズケーキに視線を向けた。
ああこれはもう、この戦争が終わったら一度群島に行ってマグロを釣って食べさせてあげなきゃだな。
大事にそっとチーズケーキをバスケットの中に戻して、もテッドに遅れて「いただきます」と手を合わせた。
慌しい時代の小さなすきま、穏やかな時間は今日もゆっくりと過ぎてゆく。
(
○ )
2時代、テッドでお届けです。
お互いにかなりの歳なので、日向ぼっこが似合いますねー(笑)