未来にふれても
「ほら、すごいでしょ!」
「ああ…そうだね」
感情の篭らない声で応じた少年に、振り返った少女は「ルックらしいね」と何故か笑う。
彼にとっては不自然としか思えないその表情の変化にかすかに眉を顰めた少年を見て、今度こそ少女は声をあげて笑った。
「なんでそこで笑うかな」
「だって、ほんとにルックらしいから」
「そう思うなら、わざわざ僕を誘わなくてもよかったんじゃないの」
「だめだめ、そうはいかないのです」
連れてこられた天井のない屋上で、は自信に満ちた声でそう言い切って胸を張る。確かに、上にある空は広くて、青い。どこまでも繋がってるこの青を、すごいという彼女の気持ちが一寸もわからないわけではなかった。
けれど、それだけだ。
わざわざ時間を使って外に出て、それを見るためだけに顔を上げるような、そんなものじゃないはずだ。
そんなルックの心を知っているのか、隣で空を見上げながらは言った。
「確かにいつでも見れるけど、それってすごく大事なことだよね」
「…いつでもあるものが大事なわけ?それって、世にはびこる希少価値って言葉を全否定してない?」
「珍しいものには珍しい大事さがあるの!
だけど、この空だって大事だよ。今"いつでもあるんだから今じゃなくていい"って思ってるこの空を、のんびり見れる時間があとどれだけあるのか、ルックにだってわからないでしょう?」
「それは…そうだけど」
同じ空を見上げ、眩しそうに眼を細め。それからルックの方をまた向いて、細めた瞳のままは微笑む。
それも、いつもと一緒。けれど、確かに大切だ。
「あ。今ルック、それでも空なんてどうでもいい、って思ったでしょ」
「へえ、よくわかったね」
と同じように青を仰いで、ルックは間違いないと確信した。
空なんて、大事じゃない。たとえいつもあるものでも、この世にひとつしかないものだったとしても、自分には関係ないんだ。どうでもいいと感じてしまう感情を、消し去ることなんて決してできはしない。
だって、とルックは心の内で苦笑を漏らした。
今、この瞬間に背を向けず他愛のない彼女の誘いを蹴らなかったのは、空のためではないのだから。
「きみの意見に賛成するのは癪だけど、今回だけは頷いてあげるよ」
「…レック様の弟子なのに、どうしてルックって素直じゃないのかしら」
「レックナート様の弟子、だからじゃないの?」
この声が届く距離、そこに大切なものがあるという「今」が大切。いつもと同じを何度繰り返しても、それに溺れる事は決して無い。たとえ、交わす言葉がひとつしかなかったとしても、そんなものに意味などありはしないのだから。
まさかこんなことを自分が考えるようになるなんて、一体誰が想像しただろうか。自分にさえ操れない愚かな微温湯が足元で静かに、波打っているようだった。
「…まぁ、気が向いたからもう少し居てあげるよ」
「うん。ルックなら、そう言ってくれると思ってた」
君の隣に。
それは口には出さないけれど、いつか君には届いてしまうんだと知っている。
だからそのときまで、その瞬間まではこの距離に ――――――
彼の上にも彼女の上にも等しく広がる青を見上げて、ルックはそんな他愛のないことを願っていた。
(
○ )
ルックは素直じゃないけど密かに純情…なイメージで!
ちなみに我が家のテッドも似たような感覚です。口調とか大分違いますけどね。