今日は朝からついてなかった。
久々に菊のところに遊びにきたら留守だったし、連絡をしようとしたら携帯電話を忘れていたことに気づくしし、仕方なくぶらぶら歩き出したら突然雨が降ってくるし。
もしかして、誰かヒーローの俺に嫌がらせでもしてるんじゃないかい?
そんな被害妄想さえ自然と浮かんでしまうくらいに、その日のアルフレッドはついていなかった。
止まない雨に濡れた体のまま、ようやく駅前までたどり着いたアルフレッドは、自国の有名なファーストフード店に駆け込んだ。とりあえず、ハンバーガーを食べよう。ふう、とジャケットの水を払い店の列に並ぼうとした――――瞬間、本日最大の不幸がアルフレッドを襲った。


「どうして、財布がないんだよ…」


電車に乗るためにチケットを買ったときにも、電車を降りた後にコンビニでピザまんを買ったときにも確かにあったはずの財布が、ポケットから消えているなんて。おそらくは、菊の家までの道のりで落としたのだろう。だが、この雨の中を探しに戻る気には到底なれるわけもなかった。
これじゃあ、ハンバーガーのひとつも食べれないじゃないか!
財布を落としたことよりも、大好物にお預けを食らった事実に愕然として、アルフレッドは天井を仰いだ。その直後、アルフレッドの耳に心地よいメゾソプラノの声が聞こえた。


「アルフレッドさん?」
「Who…Oh!じゃないか!!」


慌てて振り返った先にあった姿に、自然と顔が綻ぶ。店内に響きわたるような大声で名を呼ばれたは、少し困ったように苦笑して首を傾げた。


「珍しいね!君がこの店にいるなんて」
「駅で逢った大学のクラスメートに誘われまして…アルフレッドさんこそ、こちらにいらしていたんですか?確か…菊さんはお仕事で今夜まで戻られないと聞いてましたけど」
「そうなんだ!聞いてくれよ、。菊の家に遊びにいったのに留守だったんだよ!」
「えっと…菊さんと、お約束されていたんですか?」


の問いに迷いなく首を振ると、今度は「やっぱり」と困ったようにが笑う。そういえば、来日するときは事前に連絡してくださいと、いつも菊に言われてたっけ。けれど、菊はアルフレッドがいつ訪れても必ず泊めてくれたし、だっていつでも日本観光に付き合ってくれるから、そんなことすぐに忘れてしまうのだ。
だから、今回だって大丈夫に決まってる。確信に近い予測を胸にを見やれば、呆れつつも柔らかく微笑む佐倉と眼があった。


「まったく、仕方ないですね。私もこれから菊さんのお宅に行くところでしたから、一緒に行きましょう」
「いいのかい?」
「いいもなにも、アルフレッドさん、傘も持っていらっしゃらないじゃないですか。…それになんだか、先ほど様子が変でしたし」


それに、菊さんのお客様をおもてなしするのも、私の仕事ですから。
早口で付け足して、クラスメートに伝えてきます、とその場を離れたの背を視線で追って、アルフレッドは堪えきれずに口元を緩めた。つまりは、連れがいるのに様子がおかしい自分を見つけて、声をかけただけじゃなく菊が戻るまで付き合ってくれるのだ。俺のために。クラスメートよりも、俺を優先してくれた。その事実が、笑みがこぼれてしまうほどに嬉しかった。


「お待たせしました。そうだ、アルフレッドさん。ハンバーガー、買っていかれますか?お好きでしたよね」
「でも、菊の家に行く間に財布を落としちゃったみたいなんだよ」
「えっ、そうだったんですか?じゃあ…ちょっと待っててください」


それから、アルフレッドのためにハンバーガーを五つとポテトにシェイクを買ってくれたと、彼女の傘にふたりで入って日本の家に向かう途中、アメリカの心はきらきらした喜びで溢れていた。
菊が留守だったおかげでにも逢えたし、雨が降ったおかげで同じ傘にも入れたし、財布を落としたおかげで足元に注意しながら一緒に歩いた道のりが長くなったし。その上、菊の家の玄関前で少し濡れた財布を見つけた時、が「よかったですね」と嬉しそうに笑った顔までみれるなんて。
今日の俺は、なんてついてるんだろう。
ハンバーガーとポテトを頬張りシェイクを飲みながら、アルフレッドは自分の幸運を確信した。




に逢えた日は、それだけで世界で一番ついてる日なんだぞ! )