そう言って、貴方が謳うから


「お前、俺のどこを好きになったんだ?」

ロヴィーノがそう尋ねたのは、空が青いせいだった。
空が青くて、雲が白くて、風が吹いていて、空気が暖かくて――――そして、隣にがいる。
まるでそれが当たり前のことのように存在していたから、急に不安になったのだ。当たり前に思っていた生活が激変したこれまでのように、もいつか、消えてしまうのではないかと。
不安な要素ならいくらだってあった。今でこそ成長は止まっているらしいが、そもそもは人間だし、過去にも自分たちを置いて半世紀以上消えていたことだってある。それに、彼女のことを自分のように想っている相手が無駄に(ロヴィーノからすれば、本当に無駄すぎるほどに)多いことだって知っていた。筆頭をあげるなら、海の向こうの大国に、元海賊、ジャガイモ野郎だってまんざらじゃないだろうし、それに自分の弟だってそうだ。
彼らに引き換え、自分はなんて矮小なんだろう。力が強いわけでもないし、誰よりも智恵があるわけでもない。不器用で、家事も得意じゃなければ同じイタリアでありながら弟のように芸術や貿易に優れているわけでもない。他の連中に負けないものといったら、マフィアとヘタレ具合くらいなものだ。そんなもの、誇れるものでもなんでもないが。
こんな質問をしている時点で情けなさすぎることも重々承知していたが、ロヴィーノは聞かずにはいられなかった。もしが無理をしているのなら、知るのは早い方がいい。深みにはまって、抜け出せなくなる前に。


(いや…もう、遅いか)


仮にの唇が俺以外の名を紡いでも、きっと手離すことなんてできない。とうの昔に深みに堕ちている自分に苦笑し、ロヴィーノは恐る恐る横を向いた。

「……?」
「え、あ、その」

てっきり、隠しきれないくらいに呆れられるかと思っていたのに。予想に反して、は俯くように視線を逸らしロヴィーノの反対側の地面ばかりを見ていた。黒い髪の隙間から覗く耳が朱いのは、気のせいだろうか。むくむくと湧き上がる期待と、それでも居座り続ける不安を抱いて、ロヴィーノはもう一度「」とゆっくり彼女の名前を呼ぶ。

「…俺には、言えねぇのかよこのやろー」
「そ、そうじゃないんです!ただ…」
「ただ、なんだよ」
「私にも…よくわからないんです」

ドカン。脳天を思いっきり殴られたような痛みが走る。なんだよ、それ!と怒鳴りたいはずなのに、喉から声がでてこない。カラカラに涸れて、冷え切った臓器のせいだ。無意識に呑み込んだ息にさえ、激痛が走った。

「だって、ロヴィーノさんといると心臓が煩くて仕方ないんです」
「……………は?」

だから、顔を真っ赤にしたの言葉を、初めはうまく理解することができなかったのだ。

「最初は平気だったのに、ロヴィーノさんと逢う回数が増えて、気がついたらロヴィーノさんの顔がみれなくなって。声を聞くだけで緊張して、胸が痛くて顔が熱くて…病気なのかと思ったんです」

初めは東洋の島国が連れてきた、変な女だと思ってた。弟はやけに懐いていたがそれ以上に興味はなかったくせに、挨拶のつもりでしたバグとキスに真っ赤になった顔が不思議と記憶に焼き付いた。それから顔をあわせる度に、の姿を追いかけている自分がいて、彼女の声を聞くだけで心臓が跳ねるようになった。イタリア男の俺が、の些細な反応に一喜一憂して、嫌われないかと不安ばかりが頭を占めた。

「でも、ロヴィーノさんがほかの女の人をナンパされているのを見て…むかむかしたんです。ああ、なんで私じゃないんだろうって、思ってしまって…ようやく、わかったんです」

でも、が他の連中に笑いかけているのを見て、不安よりも苛立ちが勝った。どうして俺に、俺だけに笑ってくれないんだろう。他の男なんかに、みせないでくれ。下っ腹で蠢いたどす黒い感情に、もう駄目だと悟った。

「ああ、私はロヴィーノさんが」

最後まで言い切る前に、ロヴィーノはの腕を引いて背中に手を回した。小さな体をすっぽりと抱きしめて、柔らかな髪に鼻を埋める。ああ、この感触が、この温かさが、この香りが、その全てが。


「好きだ」


耳元で囁いて、瞬時に色付いた頬に唇を落とす。触れるだけの可愛らしいキスでも、腕の中の体がビクッと固まるのがわかった。本当に、どれだけ自分を惹きつければ気が済むのか。隠れるようにそっぽを向いてしまったの耳に頬に首筋に順番に口づけて、何度告げても伝えたりない想いを紡ぐ。

「愛してる、

とろけるように甘い声音は、の耳に心地よく響いて、彼のこと以外を考えられなくさせるには十分で。 応えるようにゆっくりとこちらを向いたが「…私もです」と告げた唇に、ロヴィーノは深く長いキスをした。



(抱きしめて愛を謳ってキスを繰り返したって足りないくらいに、お前だけを愛してる)



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