を何かに喩えるならば、花だ。
ありきたり過ぎて面白みもないと言われるだろうが、それ以上にあいつに似合う形容を俺は知らない。のことについて問われたとき、ロヴィーノは必ずそう答える。彼の弟であり、彼らの中でと最も付き合いの長いフェリシアーノもその意見には同感らしく、満足そうに、けれど僅かに淋しげに微笑むのだった。
花は、人間がケモノからヒトになって以来、常に隣で時を共有してきた不可欠な存在だ。成長の過程で行われる冠婚葬祭や、数多の行事、出逢いや別れ。哀しみを分かち合うときも、愛を伝えるときも、人間はその手に花を握り締める。生まれ落ちた喜びに花を愛で、土の下では花を敷き詰めて眠りにつく。誕生から逝去まで、至るところで人間は花に寄り添い成り立っている。いまや、国にも花が当てはめられるくらいなのだ。
花が欠けた生活など、人間にはありえない。そう言っても過言ではないほどに、人間の傍に花はあり続けた。たとえそこに花の意思など欠片すらなかったとしても。
花は、他の生物と異なり決して人間に牙を向けたりしなかった。その身を守るためにトゲを身にまとっていたとしても、人間が手を伸ばさない限り決して彼らは人間を傷つけない。
彼らはただそこで咲いているだけで、決して人間に媚を売ったりしなかった。目を奪われ、心を奪われたのは勝手な人間の方なのに、彼らはただそこで、美しく咲き続ける。
本当に、にそっくりだ。
花の欠けた生活は、きっとなんとも味気ないものなのだろう。最初から無ければ気付かずにすんだ。けれど、そこに存在していることを知ってしまったから、失われた瞬間に世界の色は消えうせるに決まってる。
なんと自分達は傲慢なことだろう。ただそこにあるものに、勝手に全幅の想いを寄せて、彼らのことなどこれっぽっちも考えずに当たり前だと胸を張る。当然のことだと、懸命に生きる彼らの身を手折る。
俺も、に同じことをしているのだろうか。
ロヴィーノは不安だった。は花だ。ただそこで懸命に呼吸をし、誰に寄りかかることなく生きている。そんなに寄り添って、勝手に不可欠だと決め付けたのは自分たちだ。まるで傍にいてくれることが当然のように勘違いをして、消えるまで一緒にいてくれると思い込んで、手を伸ばす。その手を彼女が決して、拒んだりしないことを知っているから、自分たちは卑怯だ。拒まれないと知っていて、受け入れて欲しいと懇願する。逃げたりしないと知っていて、両腕を伸ばす。愛してくれると知っていて、好きだと囁く。
だとすれば、その花を手折った自分は、咎人だ。
懺悔するように呟かれたロヴィーノの声に気付いて、は顔をあげた。背中に回された両腕にほんの少し力が籠もる。まるで、いかないで、と乞われているようだとは思う。そして、その温もりが愛おしいと、微笑んだ。
「それならロヴィーノさんは、お日様で、水で、空気ですね」
一人三役なんて大変ですね、とくすくす腕の中で笑うにロヴィーノは眉を寄せる。太陽?水?空気?なぜそれが自分に当てはまるのか、と瞳がありありと語っていた。そんな表情が可愛らしくて、はまた声を漏らして笑ってしまった。
「……笑ってんじゃねーよ」
「ふふっ、すみません。でも、私のことを花だと言ってくださるのでしたら、ロヴィーノさんはそれしかないですよ」
「なんでだよ」
「だって、花が咲くためには不可欠なんですよ。お日様も、水も、空気も」
ぴったりと寄り添った体を捩じらせて、はロヴィーノの顔に手を伸ばした。右の手のひらで触れた陽に焼けた頬はどこか冷たい。それが彼の中で息づいている罪の意識の所為だとしたら、はその全てを丸ごと温めてあげたいと思った。傲慢な考えたということはわかっていた。ロヴィーノの中に根付いた劣等感や罪過の念は一朝一夕のものではなく、長い歴史の中で積みあがってできたものだから。自分のようなちっぽけな存在が、彼の心に沁みいるなんて身の程知らずも甚だしいのだろう。
けれど、それでもは希うのだ。もしかしたら、明日には終わってしまうかもしれないけれど、許される限り彼の傍で、生きていたいと。
「だから、私が私として生きていられるのは、ロヴィーノさんというお日様と水と空気がすぐ傍にいてくれるおかげなんです」
「…なに、馬鹿言ってんだよ」
「馬鹿なんかじゃないです。本当のことですから。だって、ロヴィーノさんは」
花は、きっと人間に手折られるだけではないのだと、なんと言ったら伝わるのだろう。ロヴィーノの頬に当てた右手をそのままに、は残った左手で彼のやわらかな髪に触れた。そっと撫でるように手のひらを動かせば、ロヴィーノは擽ったそうに瞳を細める。そうだ。花だって、待っているのだ。
「ロヴィーノさんは、私をここで倖せにしてくれているんですから」
自分を見つけてくれる人を。
自分を選んでくれる人を。
自分を愛してくれる人を、ずっと待っていたのだ。
「それに私が花だとしたら、ロヴィーノさんは根っこごと引き抜いてちゃんと植え替えてくれたんだと思いますよ。ほら、ロヴィーノさん、植え替え得意じゃないですか」
「…お前はトマトか」
「今はロヴィーノさんがトマトみたいです」
「ト、トマトとか言うなこのやろー!」
真っ赤に染まったことでほんのり温かくなった右手に顔を綻ばせると、今度はふてくされて細められたロヴィーノの瞳と瞳がかち合った。
ふっと自然に零れる感情を隠さず表情に浮かべれば、呆れた溜め息と同時に近づいてくるオリーブ色。
そうして今日も、口付けという名の陽が降り、愛という名の水が注がれ、ロヴィーノの両腕が空気のようにに寄り添うのだった。