「スペインって魔法使いみたいだね」


燦々と照りつける太陽の下。木陰に座り込んでトレードマークの黒いとんがり帽子をくるくると手のひらで回す少女(自称魔女っ子)がひとり。彼女がぽつりと発した言葉に、麦わら帽子を被りトマト畑の剪定をしていたスペインは緑玉の瞳をぱちくりと瞬かせた。


「なに言うてんの。魔法使いはのほうやん」
「ちがうもーん。私は魔法使いじゃなくて魔女だもーん」
「どこが違うん?」
「……性別?」


「そんなん一緒やないの」と溢れる汗を拭ってスペインが答えると、ぷくっとは頬を膨らませる。近づいて、指先で突っついたらどんな反応をするんだろう。うずうずと好奇心に駆られたスペインだったが、彼女が帽子を被りなおすのと同時に空気の塊は吐き出されてしまった。


「私が言いたいのはそういうことじゃなくてさ」
「俺、なんか魔法つこうてた?」
「使ってる使ってる。てか、スペインの存在そのものが魔法みたい」
「なんや、それ。俺にもわかるように教えてくれへん?」


尋ねてみても、からの返事はなく、木々を揺らす風の音だけが当たりに響いている。
トマトの枝を落とすための鋏を止め、の方へと足を向ける。近づくと、帽子の鍔で隠れていた彼女の顔がさっきよりもはっきりと見えた。いくら日陰で休んでいるとはいえ、生来の体質から体力のないにこの季節は辛いのだろう。普段なら必ず傍らに置いているはずの箒(近ごろは、日本のアニメーション映画に感化され、デッキブラシと日替わりだ。なんでも魔女の持ち物について、改めて検討しているらしい)も、幹の向こう側に倒れてしまっている。それすら気付いていないのか、の頬の色は失われ、真っ白なワンピースから伸びる四肢も力なく地面に投げ出されていた。


「…自分、なんでロマーノと家におらへんかったの?」
「だって、スペインの魔法みたかったんだもん」
「魔法?トマトの剪定してただけやで?」
「だーかーらーそれが魔法だって言ってんの」


どんよりとした夜空色の瞳が、睨みつけるようにスペインを見上げる。そのくらいわかれ、と苛立たしげな眼は告げていたけれど、スペインにはそんなことよりの言葉の方が気になっていた。トマトの剪定が魔法?首を傾げれば、は火照った息を吐き出して言う。


「スペインがトマト作ってんの、魔法みたいじゃん。種蒔いて、お水あげて、鋏をいれて。気が付いたら、宝石みたいなトマトがたくさん実ってるの。それで、そのトマト食べると、私もロマもみんな、笑顔になるの」
「…それ、魔法ちゃうやん」
「魔法だよ。このだるさも治せないよーな私の魔法より、よっぽど実用的じゃん。ほかにもいろいろあるよ。造花作ってるときだって、あっという間に部屋中花畑になるのも魔法みたいだし、元気のでるおまじないだって、ロマをあれだけ男前に育て上げたのもある意味魔法だよね」


まあ、性格の良し悪しはおいといてね。
吐き捨てるようなその言葉を最後に、すとんとの瞼が落ちる。眠っているわけではないらしい。ただ、気だるげに繰り返される荒い呼吸に、ぽかんと意識を宙に飛ばしていたスペインは慌てて我に返るとの帽子を剥ぎ取った。


「あーあーこんな帽子被っとったら、余計に暑くなるやんか。ほら、うち帰るで」
「………だるーい」
「我がまま言うたらあかんよ。帰ったら、別の魔法見せたるから」
「…魔法?」


ゆるゆると開かれた瞳に向かって、にっこり微笑うと、は怪訝そうに眉を顰めた。その皺を伸ばすように目元から前髪を手のひらで撫で上げて、スペインは顕わになった冷たい額に唇を寄せた。


「親分の言うことちゃんと聞くええ子には、美味しいご飯作ったるで。美味しいもの食べると、倖せになれるんや。知っとった?」


即座に色を取り戻した頬の色に満足して、もう一度勝ち誇ったようにスペインが笑う。
顔を背けようにも、小麦色の手のひらに押さえられては身動きすら取れないから、は白い腕を伸ばすと、視界を隠すようにスペインの麦わら帽子の鍔を思い切り引き下げるのだった。



( 魔法の人 )